プロダクトはプロダクト以上のものになる — 椅子についての考察

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経営アドバイザー、TEDスピーカー、作家。

アイデアは、独立したものではなく、総合的な経験として複雑で相互に影響し合っているシステムであるべきである。

シンプルなものでも複雑で洗練されたシステムになりうる。

現代のデザイナーはシステムやサービス、長続きする関係について考える。かつて、デザインすると言えば椅子のような単純なシステムを設計していたが、今ではより重要で大きなものをデザインするようになった。例えば、誰にも適していないとも思われる巨大で複雑で官僚的なシステムを改善するような仕事だ。今回のマニフェストはこうだ。私たちはDesignXと呼んでいるが、これはデルフト、サンディエゴ、上海、スウィンバーンにある同じ分野を専門とする大学のメンバーによって結成されたチームだ。(参考記事: 「DesignX: 新たなデザイナーの社会的役割とは?」)。DesignXでは、100以上、もはや1000ほどの相互連結があるような関係を目指している。一生続くような関係性であると同時に、時代とともに変化をしていく関係だ。これは価値のある目標である。

今回のCRISPでは椅子に関して記述が多くある。では、かつてのデザイナーのポートフォリオには必ず描かれていた貧乏くさい、たった一脚の椅子を思い浮かべよう。そんな椅子でさえ、DesignXに仲間入りすることができる。もしかしたら、21世紀の椅子は複雑な関係性を持つことのできる活動的でダイナミックなデバイスになりうるからだ。

この21世紀の椅子は、人が近づいてきたら、起動し、自動的に必要な形に変身するかもしれない。手の届かない高い所のものを取りたいと思っている人がいれば、踏み台になることができたり、他の椅子と協力して人が1人横たわれるようなベッドに早変わりしたりするかもしれない。多くの椅子が集まれば2人や3人の人間だって寝られるベッドができるかもしれない。自立的に他の協力者と整然とした列を作れることができれば、この椅子は大衆のニーズに応えることができるだろう。誰か来るのを待っている間は、この椅子は未来の記憶であると言える。この椅子を見れば、これから起こりうる出来事を想像することができるからだ。そして人がそれを使い、去った後では、その椅子は過去の記憶としての役割を果たす。

椅子は将来、知能が高く、擬人化され、センサーが搭載され、動的で、自らの姿かたちや機能をも変えることもできるようになるだろう。ある椅子は呼ばれたら近くまだやってくる。ある椅子は高い所にあるものを取るために人間を持ち上げてくれる。また、ある椅子は同じ考えを持った他の椅子と協力して、部屋の中での動きのパターンを確立し、一番の効率の良い場所にそれぞれを自ら配置するようになるかもしれない。このような21世紀の椅子は社会性があり、人間に喜んでもらえるように行動する。彼らは積極的な使用人であり、社交的で、社会的交流を実現する者である。

21世紀では、デザイナーは椅子以外にも多くのものを生産しているが、その中の多くは具体的に形のあるものではない。例えば、ヘルスケアや健康ビジネスなどのサービスなどがある。単にアイデアを提供しているだけのものもある。アイデアは、モノか、製品か、サービスか、何なのだろうか。呼び方は何でもいいが、アイデアというのは、独立したものではなく、総合的な経験として複雑で相互に影響し合っているシステムであるべきである。人間関係のように。

非可能性のデザイン

私たちはある行為を可能にし、促進するものをデザインする一方で、ある行為を思い留ませたり、妨害したりするような「非可能性」のデザインをする。「非可能性?」と思うかもしれないが、これは私が考えた造語で、ある行為に対して意図時に妨害するようにデザインされたもののことだ。例を挙げると、フェンスの上に取り付けたトゲの有刺鉄線のようなものだ。他にも、公共施設の壁の端にある小さな鉄の塊などの、スケートボーダーが縁石やレールの上を滑るグラインド/スライドという技をさせないようにしたり、重力をものともしないアクロバティックなスピンやジャンプをさせないようにするものがある。スケートボードがまるで足の裏にくっついているようなふうに見える彼らの技には驚く。

ところで、そんなすばらしいことのできるスケートボードは誰がデザインしたのだろうか。私はその能力はデザインされたのではなく、既存のものを発見しただけであるとは思わない。しかし、最初に何かが発見できれば、そこからはデザインの領域になる。デザイナーはスケートボードのトラックや、ボードの曲線、弾力などの細かい部分にも注意を払ってデザインしたはずだ。アクロバティックの考え方は成功し、これらのデザインのおかげで新たな専門分野が誕生した。これらの可能性に反するデザインをすること、つまり「非可能性」をデザインすることで、スケートボーダーたちが大好きな動きを妨げる先ほどのような道具ができたのだ。

我々デザイナーは戦争の中にいるかのように思う時がある。一方では、高い能力があり、いい関係性を築き、独創的な表現ができる素晴らしいデバイスを作るが、一方では、それと同じ性質のものを否定しようと取りつかれたように作業をする。独創的な関係性? そう、それでいい。でも、私の裏庭や家の前では勘弁してくれ。私から見えも聞こえもしない所でやってもらいたい。

非可能性は、デザイナーの1つのツールだ。例えば、座ることを妨げるようにデザインされた椅子を思い浮かべよう。椅子は健康に悪いと言う人がいる。殺人椅子、なんて呼ぶ。座ることは不健康だ、という考え方は新しい概念だ。食べる間も立って、仕事をする間も立ち、それ以外の時間も立っているほうがいいと主張する人がいるのだ。デザイナーのあるグループが、居心地のいい空間を作ってくれる横柄で知能の高い、形を変えることのできるダイナミックな椅子を作っている一方で、居心地は良いが不健康である座るという行為を防ぐための非可能性を提供するグループもあるはずだ。

現代のデザイナーはごく普通の椅子を作っているかもしれないが、将来はより複雑なものを作る機会が増えるだろう。自動変形椅子のような極端なものだって実際にありうる。しかし、一方で、それよりは平凡だが、より達成困難なもの、例えばヘルスケアに関するものを作る人もいるだろう。他にも、自動運転の車なんかは、ドライバーもその同乗者、歩行者、自転車に乗る人、スケートボーダーも関心があるものだろう。単純なものであっても、複雑な社会技術システムになりうるのだ。

プロダクトはプロダクト以上のものになる。この関係性は、より多くの関係性を築くことができるのだ。


*この文章は、デルフト工科大学の工業デザイン学部によって2015年6月にCRISP Magazine #5に掲載された。