作るだけではないデザイナーの生きる道

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デザインの会話とは、デザインを誰かに理解してもらう行為であり、それにはお金を支払う価値があることを説明する行為でもあります。作れるだけではもうデザイナーとは呼べませんし、それだけであれば機械によって入れ替わるかもしれません。

職種を超えたデザイナーの集まり

3月20日、浜松市にて DORP INSPIRATION 2016 が開催されました。様々な分野で活躍するデザイナーを対象にしたイベントだけあって、Web デザイナーの来場者数は半分以下。グラフィックデザイナーはもちろん、建築家やインテリアデザイナーの方も参加していました。デザインという限定されたテーマではありますが、様々な分野のデザイナーが集まるイベントは珍しいと思います。

参加者だけでなく、登壇者も多彩な顔ぶれ。オイシイワークスの佐藤実紗さん。書籍「なるほどデザイン」の著者で株式会社コンセントのアートディレクター筒井美希さん、関口 裕さんが登壇しました。デザインという共通項はあるものの、仕事の仕方も、アウトプットするモノも様々。自分の仕事に直結した情報を手に入れることが難しい分、「これは自分の仕事に置き換えると何が言えるのか」といった意識が強くなり、終始頭がフル回転する時間になりました。詳しくは、#dorp2016 をご覧ください

同業者が集まるセミナーは、実用的かつ即時性のあるノウハウを求められることが多いです。今回は様々なデザイナーが集まったということもあり、Web やアプリに特化すると人が離れてしまうのではと懸念していました。そこで「デザインの会話の仕方」という抽象度の高いトピックを選びましたが、参加者から質問があったり懇親会で議論にもなりました。表層的な情報であれば Web や書籍でいくらでも手にはいる時代ですから、それ以上の何かを求める傾向がここ数年強くなってきているように見えます。

デザイナーは何を作っているのか

今回は私の登壇内容も含めて、すべての登壇者が「作ることがすべてではない」ということを語っていました。個人的にオイシイワークスの佐藤さんが食べていくためのお金という視点も盛り込んでデザインの仕事について話していたのが印象的でした。また、筒井さんと関口さんも作るプロセスを紹介しながら、そこを拘るだけでは何も生まれないことを説明しているようでした。

デザイナーは何か作れることができる人たちです。しかし、デザイナーが「作る」という部分だけに囚われていると、 たちまち機械によって入れ替わることになります。

クリエイティビティは人間でしかできないと思っている間に、人がつくったものと見分けがつかないものを機械が低価格で早く作り出せるようになります。2011年の時点で人が書いたものと見分けがつかない人工知能が書いた詩が発表されていますし、つい先日、人工知能が執筆した小説が文学賞で選考通過というニュースもありました。

グラフィックデザインでも Tailor のように、質問の答えに合わせて最適なロゴを何パターンか提案してくれるサービスがあります。デザイナーの鋭い目から見たらダメなものが多々あるかもしれません。しかし、デザイナーとのコミュニケーションに時間を費やせなかったり、予算をデザインにまわせない企業にとって、Tailor で作られているものは必要十分かもしれません。Tailer のようなプログラムがデザインを提案するというサービスは今後増えるでしょうし、精度を高めてきます。

時間がかかるだけでなく、出てくる提案数も限られているデザイナーというひとりの人間と仕事をする意味は何でしょうか。それが「ただ作れる」だけだと遅かれ早かれ機械に入れ替わります。

人工知能やビッグデータが出てくる前から、クリエイティブの仕事が機械の波に飲み込まれたことがあります。遠くは 15 世紀の金属活字を用いた活版印刷ですし、1984 年に登場したマッキントッシュも手作業をしていたデザイナーの仕事を奪うほどの力がありました。テクノロジーによってモノを作ることが効率化された分、デザイナーはコトを考えてモノを作ることができるようになりました。それは今後ますます機械化が加速する時代において、ますます重要になります。

作るだけでは重要と思われない

作るだけでなく考えられるデザイナーになりましょうと言ったのは私が最初ではありませんし、ずっと昔から言われていることです。しかし、残念ながらコトを考えてモノを作ることを実践しているだけでは、周りにデザインのこと、デザイナーの仕事が理解されるのかというとそんなことはありません。

ときどき「デザインが重要視されない」という嘆きの声を耳にすることがありますが、これには幾つか抜けている点があります。

  • 他の業種の方も自分たちが重要視されていないと嘆いていること
  • 自分たちの視点で重要と思っていることばかり語っていること
  • 感情的な言葉はデザインの説明にはなっていないということ

作るだけでなく考えられるデザイナーが必要だと思う人はたくさんいますが、周りに分かる形でそれを説明している人が足りていません。良いモノを作れば周りに認めてもらえると考えるかもしれませんが、周りから見えているものは何かが作られたという結果だけということが多々あります。考えて作っているデザイナーなのに、周りから見るとただ作れる人というわけです。

デザインの説明、デザインの会話を破棄して、作ったものを見せて「私は考えて作っています」と暗に伝えても分からないわけです。しかもそれがタイポグラフィや難しい IT 用語を使って説明しているのであれば、理解できないどころか、デザインを遠ざけるだけです。内輪受けのデザイン話はデザインの説明において生産的な行為ではありません。

「デザイナー=作る人」という構図の闇

UXや、サービスデザインという仕組み作りから考えるための手法が海外からやって来ましたが、私たちはこうした考え方を受け入れて実践していく準備ができているのかと悩むことがあります。

欧米では有名でなくてもデザイナーが声を出して自分たちの考えを出していくことが昔から当たり前でした。それが同業者に向けてではなく、ビジネスや社会に向けてメッセージを投げかけることもあります。First Things First のようにデザイナーがマニフェストを作って発表することが 1960 年代にありました。今でも Medium のようなサイトを見れば、デザイナーが様々な意見交換しているのを見かけることがあります。

こうした「モノ」を見せるだけでなく「コト」を発信していくという文化が長年ある地で UX やサービスデザインのような考え方が生まれるのは自然なことかもしれません。それでも「デザインが重要視されない」と嘆くデザイナーは欧米も含めて世界各地にいますが、自分たちの考えをデザイナー以外の方でも理解できるように説明している人が重要視されているように見えます。

どんなに良いモノを作っても、デザインの意図が説明できないままでは、「デザイナー=作る人」という構図から抜け出すことができませんし、機械によって入れ替わる危険性が増すと思います。また、デザイナーは作る人たちという先入観が、以下のようなプロとしてやっていく上で危険な文化を生み出しています。

デザインの世界には spec work と呼ばれる、詳細が分からないままタダで何かを作るやりとりがあります(日本だとコンペと呼ぶことがあります)。これを別の業種の方にしたらどうなるかを記録した映像です。他の職種ではありないことしているのはもちろんですが、こうした立場で入った仕事では「作るだけではない」ということを理解してもらうのが難しくなります。

まとめ

デザインを語れること。
それはあなたのデザインを誰かに理解してもらう行為であり、それにはお金を支払う価値があることを説明する行為でもあります。作れるだけではもうデザイナーとは呼べませんし、それだけであれば機械によって入れ替わるかもしれません。

デザインという言葉が世間でも大きく取り上げられるようになったのは、作るだけではないことを知ってもらうためのチャンスだと思います。そのためには、有名人やメディアだけでなく、ひとりひとりがデザインの意図を言葉や図にして説明できる能力を身につけなければいけません。今回のイベント、そして私の講演を通じてそのヒントが幾つか見つかったのであれば幸いです。