トレンドに乗っかって失敗する話。 — 「なぜ」を考える重要性とは

Source
Asking why (2015-01-27)

「個人のウェブサイトを持つとしたら、その理由は?」
とTwitterで聞いてみた。

ある人は自身のネット上の活動をひとまとめに集めるハブとして、またある人はWebの新しい技術をいじったり、文章を書いたりするのが好きで。また何人かは、ビジネスに繋げるためのポートフォリオとしてサイトを持つ、という答えが返ってきた。それ以外の人々は、ただ漠然とした義務感の他には理由がないようだった。

最後の答えは潮の変化を表しているようだ。ネット黎明期の頃、個人サイトはその人を形成する要素の大部分を占めていた。個人サイトとは、情報を発信し、オタク度を証明し、変人たちの小さな集まりを作る場だったのだ。ところが今やそれを実現する方法は他にも山ほどある。個人サイトは、スマホアプリ、Push通知、釣りタイトルなどの大海に揉まれるイカダのようだ。

そして個人サイトの目的は、ますます曖昧になっている。人々はもう個人サイトが何のためにあるのか分からなくなっているのだ。だから誰もが型にハマった事をし、誰もが同じものをサイトに設置する。街の大きな写真をサイトに掲げ、「こんにちは! デイブです」などの言葉を添える。洒落たスクロールエフェクト。たくさんのソーシャルメディアアイコン。難解なスキルチャート。すぐに放置されるブログがそうだ。

ただトレンドに乗った結果

こうした行動は憶測に基づいている。第1に、自分にはウェブサイトが必要なのだという憶測。第2に、ウェブサイトには決まった外見があって、普通の中身があるのだという憶測。第3に、誰か知らないユーザたちのグループが偶然このサイトを見つけて興味を持ってくれるだろうという憶測。

これは業界全体の問題だ。誰もがそうしているから、という理由で物事を決めてしまう。人気があるものは良いものに違いないと仮定し、そこに疑問を持たずに取り入れてしまう。それほど気に入っていなくてもだ。

これは、ほとんど同じ見た目のコーポレートサイトが無数にあることや、流行のロゴジェネレーターが存在することの理由でもある。既存のフレームワークを利用する方が、解決しようとする本当の問題に目を向け、深く理解するよりも、よほど簡単だ。

しかしこれでは新しいことにも、面白いことにも辿り着けない。何百何千という人々がすでに行ったことだ。なぜ同じことを行うのか? せいぜい他人と同じものを作り上げるのが関の山で、そうした物はすぐに忘れ去られてしまうだろう。

たった1つの魔法が全てを導く

その解決策は簡単だ。「なぜ、それをやるのか」を考えればいい。ただし明快な答えが出るまでは焦らず考えてほしい。これはどんな状況にも当てはめられるが、特に次の例ではどうだろうか。

このサービスが存在すべき理由は何か? 

この問いから、より具体的な問いを導ける。

  • このサービスから何を得ようとしているのか?
  • 自分の成し遂げたい事のどこがユニークなのか?
  • 述べたいことがあるか?
  • 誰かがこれを見てくれる理由はあるか?
  • 誰かに見てもらいたいのはなぜか?
  • 訪問者が本当に知る必要があるものは何か?
  • 訪問者は次になにをすべきか?

なぜを幾重に渡り深掘ってみると、義務的な考えやトレンドを超えた、思いがけない発見の数々を手に入れることだろう。あなたのやりたかった事や、得たかった事が、スクロールエフェクトやスキルチャートからは得られないのだと気付くだろう。さらに奥底に眠っていた新しいアイデアが、続々と繰り出してくるかもしれい。あるいは自分の経験の為に個人サイトを作るなら、それはそれでOKだ。

プロジェクトに存在すべき強い理由がもしなければ、なおさら好都合だ。そのプロジェクトはお払い箱にして、次のことに時間を費やすとよいだろう。