俳句のようにデザインしよう — 制約から生まれる創造性

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UXデザインファーム Forty の創業者。Croud Favoriteではチーフクリエイティブオフィサーを務める。

自由に思い描くままに作ることが全てではない。クライアントから与えられる制約とデザイナーの創造力によって偉大なデザインが生まれる。

俳句の枠組みが生む創造性

もうすでに、俳句が日本語の定型詩で5-7-5の音節パターン(正確には)で構成されることを知っているかもしれないが、この控えめなスタイルの詩に暗黙の制約があることは知らないのではないだろうか。

俳句の基本的な特徴は、1つの詩を切字によって独立性と関連性を持つ2つのイメージや概念に分けているところだ。さらに、俳句では季語によって、詩の季節を設定している。季語はたいてい『歳時記』に季節ごとにまとめられている。また、解説と例句も記載されており、創作のヒントを与えてくれる。

概していえば、俳句は空間が限られているだけでなく、驚くほどの数のしきたりや制約のある定型詩であり、何世紀もの間その形式をほとんど変えることなく維持している。

雲をりをり 人をやすめる 月見かな
(松尾芭蕉、1644-1694)

特定の季節を呼び起こす特定の概念は住む場所によって異なってくる。どの地域にも地域特有の歳時記があるのだ(例えばオーストラリアの歳時記には、夏の概念としてミツバチやクリスマス、オウム、サイクロン、クラゲなどが挙げられている)。

乗った波
深さを感じる
目のしぶき
(Eliza Shaw、10歳)

意欲的な詩人は、このような制約をすぐに窮屈と思うだろう。「ルールが多すぎる」や「締め付けられたくない。自由に創作したい」と言うのではないだろうか。

しかし、極端な制約があるにも関わらず、俳句の形式はとてつもない意外性や多様性を与え、何世紀にも渡って素晴らしい効果をもたらしている。偉大な詩人の多くは、形式を抑圧的拘束とは考えず、創作力を触発してくれ、時の試練に耐える作品の創作を可能にしてくれる強力な枠組みとして利用しているのだ。

真価は制約の中で試される

デザイナー、特にアメリカ人のデザイナーは制約にすぐいら立ちを覚えるだろう。ルールを破る者や革新者、また素晴らしいものを追求するあまり制約を排除する者は偶像化される。新しく開放的な方法を好み、社会規範に反抗し、しきたりを守らない者がヒーロー扱いされるのだ。古いものを浄化し、新しく改善されたものに置き換えるには、時としてこのような革新的な改革は必要である。

古池や 蛙飛びこむ 水の音
(松尾芭蕉、 1644-1694)

しかし、多くのことに当てはまるように、極端な考えは正しい考えからはほど遠い。創造的自由の追求は強力だが、評価かつ確立された効果的デザインパターンと実在するプロジェクトの制約を両立できた時に最もいい効果を生む。双方の世界を恐れることなく、直視できるデザイナーの方が、片方だけに固執するデザイナーより優れていると言える。

これは特に世界一の個性的国家として確立されているアメリカでは問題となっている。文化基準として、アメリカでは個人や個人の欲求、嗜好や感情が最も重視されている(アメリカ人が「自由」という言葉に共感するのには理由がある)。そのため、アメリカ人のデザイナーは基本的にクライアントやその顧客を「創造的自由を阻害するもの」として嫌う傾向があるのだ。

みそさざい きょろきょろ何ぞ 落としたか
(小林一茶、1763-1828)

しかし、効果的なデザイン(効果的デザインチーム)について学べば学ぶほど、多くのデザイナーが忌み嫌う制約に価値を見出してしまう。低予算、時間的制約、厳しいブランド制約、あるいは技術的に実現の難しいプロジェクトがチームに与えられたとしても、残念には思えない。むしろ、このような機会はやる気をかき立てられ、厳しい条件下で何を実現できるのか期待に胸がふくらむ。

10万ドル以上の予算に12カ月の猶予を与えられれば、何を成し遂げられるかは明確だ。誰にも分かるはずだ。しかし、1週間で何ができるのか、12時間分の予算で何ができるのかを知りたいと思うことがある。制約の中で実力は発揮できるのか。価値のあるものは提供できるのか。そもそも、真価は制約の中で試されるのであって、膨大な予算と時間的余裕のある中でいい仕事ができるのは当たり前だ。

雨の味
なぜひざまずく?
(Jack Kerouac、1922-1969)

デザインは俳句にとても似ている。制約による難しさがあるが、それを拒絶せず受け入れれば、最高の結果を生み出すことができるのだ。制約のない状況を希望するのではなく、求められた仕事と現実を自然に受け入れられるデザイナーの方が素晴らしい作品を生み出せると思う。

ヒトラーとポルシェの例

1931年にフェルディナンド・ポルシェという男性が自動車のコンサルティングおよび開発に特化した会社を立ち上げた。しかし、当時のドイツは極端な金融危機の真最中で、失業率が30パーセント以上だった。ほとんどのドイツ人は車どころかオートバイでさえ所有できない状態だった。

1933年にドイツで新たに選出されたアドルフ・ヒトラーは、車がアメリカ人にとって手の届くものになったように、ドイツ人にも手の届くものとして普及させたがった。ヒトラーはドイツの自動車デザイナーに、大人2名、こども3名を乗せることができ、最低でも時速約100キロで走行できる車をオートバイと同じ価格で開発するよう挑発したのだ。

ポルシェは、諦めたり予算や時間の制約や非現実的な要求に愚痴ったりすることなく、実現に取りかかった。複数の会社が問題を解決しようと競合したが、最終的にポルシェが今まで見たことのない試作品で勝利を収めた。後に多くの人に知られることとなるVolkswagenのBeetleだ。

自動車が本当に起動すると
4人の殉教者の頭が
車輪としてころがる
(Paul Éluard氏、1895-1952)

基本的に変更せず、ポルシェがデザインした時のままVolkswagenのBeetleは製造されていたが、2003年に製造ラインから外された。製造は65年間続き、2100万台以上生産された。

クライアントにいら立ちを覚えた際には、フェルディナンド・ポルシェのクライアントがヒトラーであったこと、それでも歴史に残る名車をデザインできたことを思い出すといいだろう。

制約を創造力に転換する

ある極端なこと(例えば執拗な創造的自由の追求)から抜け出せない主な理由は、中間的なことに向かって進むことが、その反対にある極端に向かうことになると考えてしまうからだ。これは、政治の世界でよく見られる。候補者が極端な公約を掲げるのは、妥協することで敵と同じと思われるのを避けるためだ。

ここで言いたいのは、創造的自由の追求(や自由がないことへの悲観)をやめても、代わりに自然で健全で意欲をかき立てるものとしてプロジェクトの制約を受け入れてもメリットはあるということだ。

デザイナーによっては自分の信念を捨てて、クライアントの希望どおりにし、革新的なことを諦めるべきと言われていると思うだろう。同じスペクトルの両端にそれぞれ対称となるものがあり、ある一端から見たもう一端は未知である。そのため、未知の方向に進むことに不安を覚えるのだ(例えば、北極に住んでいる人に南下を勧めて、中間の亜熱帯への移住を提案しているつもりが、勧められた人は南極への移住を勧められていると思い込んでしまい、不安になってしまうようなものだ)。

はつ蛍 ついとそれたる 手風哉
(小林一茶、1763-1828)

誤解のないように言っておくが、創造的自由に反対しているわけではない。他のデザイナー同様創造的自由は大好きである(そうあるべきなのだ)。しかし、プロジェクトの制約を好むことも健全だと思っている。これら2つのことを両立できれば、最高のことを実現できると信じている。

俳句のようにデザインしよう

過去の本当に素晴らしいデザインを見てみると、深刻な制約の存在を必ずみつけることができるだろう。これは基本的にデザインが直面している問題を解決するための手段とされているからだ。解決すべき問題は目の前にあるもので、他の問題や簡単な問題、さらには馴染みのある問題ではないのだ。

厳密な最適化で評判の悪いWalmartの店頭に並べるための商品のパッケージデザインのプロジェクトに携わった時のことを思い出す。最初に提案した一新したデザインは美しく、誰が見てもいいと思える、デザイナーとしての評価が上がる出来だった。残念ながら、実際には失敗作となった。コストがかかり、場所を取り過ぎるパッケージデザインだったのだ(問題の解決策とはならないデザインを素晴らしいと言えるのだろうか。個人的にはそうは思えない)。

後継作は最初のデザインほど輝かしいものではなかったが、依頼されたとおりに抱えている問題を解決できるものとなった。予算は範囲内に収め、必要な情報は表示し(2ヶ国語対応)、材料費も棚スペースも節約できたのだ。制約の中で成し遂げられたからこそ、このプロジェクトの方が他の仕事よりも誇りに思う。

蝶が目覚める
誰かが
あのベルを鳴らす時
(ジャック・ケルアック)

俳句の形式は文学の中でも制約が多いが、それでも何世紀もの間素晴らしく爽快でかつめざましい革新のきっかけとなっている。制約を抑圧的拘束としてではなく、詩を作成する際に心を研ぎ澄まさせてくれ、集中力を持続させてくれる枠組みとして捉えることで、作者は信じられない情景を数文字で表現することができるのだ。

デザイナーとして、クライアントの予算や時間の制約、技術的制約や業務要件などの問題に直面した時は、俳句を思い出せばいい。制約を恐れたり恨んだりするよりも、積極的に受け入れて限られた状況の中でいかに実現させるかを考えた方がいい。そうすることにより、「ありきたりのプロジェクト」に携わっただけなのに、デザイナー人生で最高の傑作ができるかもしれない。