デザインとは見えないロジックとプロセスである

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SAP Dublin UXデザイナー

前回の記事「デザインとはエンジニアリングである」の続編として、「デザインとアートの違い」についてさらに考察する。

広大な集合住宅について考えてみよう。例えば21階建てで、住人のための3基のエレベーターがある。どこにでも見かける集合住宅である。このビルに住む人の多くは会社勤めで、通勤時間は1時間、9時から5時まで働いているとする。

その場合、朝になるとビルの人口が減り始める。 この流れを促すべく、エレベーターは人がスムーズに動けるようにプログラムされている。

朝の時間帯、1基は最上階(21階)まで行くようにし、1基は3分の2まで(14階)、1基は3分の1まで(8階)の間で動かすことが考えられる。1階、2階に住む人々はいずれにしてもエレベーターには載らないだろう。

この動きによって、常に住人の近くにエレベーターがあることになる。エレベーターは1人を地上に降ろすと、自動的に空きになっている位置、21階、14階、8階に戻る。この時間帯に上階に上がる人はいないので、1階には留まらない。そしてたとえ誰かが上に行くことがあっても、8階のエレベーターは即座に降りて行く。

夕方、住人たちが戻って来る頃になると、エレベーターのうち2基は常時1階に待機し、あとの1基はビルの中間部(例えば11階)に留まる。2基は、朝と同様に、住人を上に運ぶと自動的に1階に戻り、さらには自動的に扉を開いて待機する。それによって一目でエレベーターが来ていることが分かるので、人が乗り込む時間を短縮できるのである。3基目は、誰かビルの中にいる人が動く時に備える。中間部に待機することで、全ての階へ最速でアクセス可能だ。

これで、大多数の住人が仕事に出た後の日中のエレベーターの動向も分かるだろう。おそらく人々はビル内を動き回る(隣人同士で昼食に招き合うなど)。管理者も巡回の必要があるかもしれない。これらのことは全てユーザへの調査を通して、あるいは単にモニタリングをすることで容易に分かることだ。その上でパターンを組み立てるのである。

システムも時間を経るにつれて自己修正をかけていく。朝の21階、14階、8階のポジションは最適な配置ではないかもしれないし、15階に近い人がより多ければまた別の組み合わせが考えられるだろう。

夜間のエレベーターの配置にも調整の余地がある。

夜になれば、3基目のエレベーターはビルの半分より上へ行く必要はなく、自動的に1階に戻るようにして、最上階への最速のルートを確保するといった具合だ。

これは住人のエレベーターにおける最善のユーザエクスペリエンスのデザインだ(少なくともそれを試みた)。移動時間を縮め、エレベーター利用のパターンについて検討したのだ。

ここで、次のようなアドバイスを受けることになるかもしれない。

でも、朝に21階にエレベーターを1基確保しておくのは良くないと思いますね。19階に配置したほうがいいでしょう。そこからなら20階へも21階へもすぐに行けますし、いったん20階、21階から人がいなくなれば、19階に待機していると非常に効率的ですよ。

素晴らしい。デザインの話をしよう。

デザインについての会話のアウトプットはどのように定義できるだろうか。そこから出てくる具体的で、イメージのしやすい結果とは何か。つまり、私たちは、確かに何かを作ったが、それはどこにあるのか、ということだ。

電子や記号の有無を数えるのでない限り、何もない。私たちはエレベーターの動き方のロジックをデザインしたのだ。このデザインセッションのアウトプットは目に見えない。私たちが作ったばかりのこのプロダクトにはインターフェースはない。インダストリアルデザインもない。色も線もない。アートもない。プロセスのみである。これが純粋なデザインだ。

デザインは視覚的な美と結びつけられることが多いが、我々が先ほど考えたサンプルは、手でふれられるアウトプットではないのだ。

概してアートには具体的なアウトプットがある。最も目に見えない形式のアート(少なくとも今思いつく限りでは)、音楽でさえ、ある種の具体的なアウトプットを持っている。ベース音の響きを胸の中に感じることができるのだから。

デザインはアートではない。むしろ、目に見え、手でふれられる成果物がなくても存在するのだから、アートの概念からかけ離れている。

さらに、私たちの周りのテクノロジーがどんどん小型化し、周囲のオブジェクトに組み込まれて見えなくなるにつれ、デザインはよりロジックとプロセスの要素のみで占められるようになり、視覚的なインターフェースは減っていく。


存在はあるが、目に見えるアウトプットはない

その良い例は、Nestのスマートサーモスタットだろう。もちろん、それには目に見えるインターフェースが付いており、インダストリアルデザインとしても楽し気だ。しかし、一度セットアップすると、プロダクトが提供する大部分のユーザエクスペリエンスは目に見えず、デザインされたそのプロセスから生まれてくる。Nestは日中、そして週の間にあなたがしていることを観察し、あなたの行動を覚え、学習したパターンによって自動的に気温を設定するのだ。このデザインには目に見えるアウトプットはない。しかし、何かは起こっている。ユーザはそれを体験するのである。


Dropboxが何なのかを考えよう。当然、インストールし、ユーザインターフェースを通じてアカウントを作成しているはずだ。ただ、その作業が終わったら、Dropboxとは何なのか? あなたのコンピュータ上にはフォルダがある。そのフォルダには(ほぼ)変わったところはない。あなたはファイルをフォルダに入れる。そして他のコンピュータ(またはiPad、iPhone、何でもいい)を開くと、さっきのファイルがそこにある。Dropboxはあなたのファイルをどこに行っても存在するものにした。裏側では小さなロジックマシンがあるわけだが、Dropbox自体はほとんどは見えない。

見えないデザインの例を挙げるときりがない。通路から通路へと誘導するスーパーマーケットのレイアウト。ユーザが、ある一定の距離に近づくとロックを解除する自動車のキーなどだ。

デザインはアートではない。デザインは問題を解決する。デザインはより良い生活を創造する。

デザインとは、どう機能するかである。 — スティーブ・ジョブズ