コンテキストの落とし穴 — コンテキストを理解する(1)

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デジタルプロダクトデザイナー/リーダー
Twitterデザインマネージャー
Clearleftエクスペリエンスデザイナー

テクノロジーの進化に伴い、インターネットユーザーを取り巻くコンテキストも変化し、明確に定義することは難しくなってきた。現代のデスクトップ/モバイル・コンテキストの落とし穴から、コンテキストを正しく理解するための切り口について考える。(連載第1回)

連載「コンテキストを理解する」
第1回: コンテキストの落とし穴
第2回: デバイスの多様化によって必要となる視点
第3回: 環境からデザインを逆算する
第4回: 時間軸の中で必要とされるものとは?
第5回: 受動的か能動的かを意識して体験を考える
第6回: 個別最適に、パーソナルスペースを考慮しているか?
第7回: 場所情報を用いるリスク
第8回: ユーザーの周りにも人がいることを意識する
最終回: コンテキスト・デザインの5原則

マルチコンテキスト時代

かつてインターネットは異次元空間であり、私たちの世界とは全く切り離された世界だった。その次元の隔たりを潜るには、PCという名の抜け道が必要だった。マウスをクリックすればバーチャルワールドに入り、用が済めばまた抜け出し、普段の生活に戻ればいい。多くのSFで語られた様に、この高価なテクノロジーは金持ちやPCオタク、科学者、ホワイトカラーのオモチャだったのだ。

今日インターネット接続の普及と周辺機器の低価格化は、テクノロジーをひっくり返した。インターネットはいまや私たちの世界の一部だ。PCからスマートフォン、コンソールから腕時計まで、おびただしい数のデバイスがキャンバスとなり、地球上のありとあらゆる観衆の生活にインターネットが持ち込まれている。物質とデジタルの世界の分かれ目が崩れ落ちた今、それは新たなコンテキストの台頭を意味する。

コンテキストとは、なかなか明確な定義がしにくい曖昧なトピックだ。定義によっては、あるインタラクションの直接的な環境のみを指す場合もある。しかし時間と空間が織り交ざったWebの中では、コンテキストはもはやそれだけでは語れない。物質、デジタル、そして使用場所を取り囲む社会構造に関係してくるのだ。

日々の生活にちょっと気を付ければ、コンテキストが重大な影響を及ぼしていることが分かる。機械的に見れば、フットボールの試合はどこでプレーしても同じだ。しかしコンテキストが勝算をゆがめる。ホームでプレーするチームは、自分たちに好都合な環境、ファンのサポート、そしてホルモンの反応が高まる可能性すらあり、明らかに有利なのだ。

デジタルコミュニティは、マルチコンテキスト時代の様相をまだ完全に理解しているわけではない。結果として2つの固定観念が広まってしまっている。デスクトップのコンテキストとモバイルのコンテキストだ。

思い込み

デスクトップ・コンテキストの固定観念

このコンテキストは長年に渡り当たり前であったため、Webデザイナーにはおなじみだろう。ユーザーはデスクトップコンピュータの前にゆったりと座り、部屋は十分に明るく、筆記用具も整っている。時おり電話の呼び出し音や騒ぐ子どもたちに邪魔されることもあるが、私たちはこれをパソコンで集中して作業するのに理想のコンテキストだと考えている。

モバイル・コンテキストの固定観念

モバイルユーザーは不安定な環境にいるという固定観念がある。映画などで見られる「バスを追いかける人」がそうだ。周囲に影響され、ユーザーは突発的にスマートフォンを取り出して地元の情報や特定の疑問に対する簡潔な答えを探す。そのためモバイルのコンテキストは場所のサービスや道案内、即座に価値を提供するプロダクトにぴったり合っている。


どちらの固定観念にも微かに真実は含まれている。快適な状態で静止している時により集中しやすいのは確かであるし、スマートフォンユーザーは休憩時間にはスマートフォンをいじり回している。しかし固定観念は本来不十分なものだ。

まず、デスクトップのコンテキストは均一の概念ではない。非常に様々なスクリーンサイズ、OS、ブラウザが存在するだけでなく、デスクトップの固定観念の下ではひとくくりにしている利用環境もまた実に多様だ。イラストレーターのPCには2つの巨大なスクリーンが繋がり、描画タブレットが鎮座しているだろうし、子育て中の親であればわずかな時間を盗んでソファーでノートパソコンを抱えているかもしれない。

(Two very different ‘desktop’ contexts. By juanpol and janetmck.)
全く異なる2つのデスクトップ・コンテキスト
写真: JUANPOLJANETMCK

どちらのユーザーも静止しており、集中しやすいと思われるので、一括りにデスクトップの固定観念に分類されやすい。しかしそれぞれのユーザーは全く別の方法でテクノロジーとふれ合っている。


多様性は拡張し続けている。初めてのWebをスマートフォンで体験したという人は、多くの国で増えている。ハードウェアとインフラ環境の変化によって、デスクトップ・コンテキストを想像できないという人は数百万にのぼるようになった。

モバイルのコンテキストの固定観念も同様に問題がある。通常「モバイル」と呼ばれるデバイスは既にあまりに多くの種類があり、一貫したカテゴリ分けすらできない。人はスマートフォン、ラップトップ、ネットブック、そしてタブレットを、様々な状況で、静止中も動いている時にも利用する。電車内でもキーボードをつければスマートフォンをデスクトップのように使うこともできてしまう。NTT DoCoMoの調査では、スマートフォン利用の60%は室内で使われ、さらにテレビ試聴中や、コンピュータを使用しながら使われることが多いという。(参照データ:”Mobile as 7th of the Mass Media“, Ahonen T. futuretext, 2008)

ネットに繋がった世界では、私たちが作るものには潜在的なコンテキストの主役がいる。私たちのプロダクトを様々な人たちが様々な場所で様々な時間帯に使うのである。


Paul Dourish教授は、私たちのコンテキストの理解そのものに欠陥があると指摘している。コンテキストは、分かりやすく普遍的な状態というより、移り変わるものであるとDourish教授は主張する。行動そのものがコンテキストを生成、維持するというのだ(『What we talk about when we talk about context』, Personal and Ubiquitous Computing, 8(1), 19-30)。このモデルによると、コンテキストは移ろいやすく、暗黙の了解の上に成り立っている。会社の休憩室できわどい会話をしているシーンをイメージしてほしい。そこに上司が入って来たり、誰かが反対意見を述べた時点で突然そのコンテキストは合わなくなったりする。スマートフォンユーザーなら、扱いにくいモバイルのキーボードは登録フォームの入力には向いていないと気づくだろう。インタラクションの性質から分かるように、そのコンテキストではユーザーは面倒過ぎて、諦めてしまう。

コンテキストの固定観念は、今日のテクノロジーを取り囲む多様性の中では悪となる。確実にユーザーのコンテキストを理解し尽くした優れたプロダクトを作るためには、より先を見て、身をもってコンテキストを研究しなければならない。そこには2つの道筋がある。1つ目は、問題のデバイスを使ってデータを集め学ぶことであり、2つ目はリサーチすることである。

コンテキストの理解: データから学ぶ

私たちのデバイスはかつてないほど多くを物語っている。これらを利用しない手はない。場所、動き、気温など、感知できるデータの断片を収集することによって、パターンを探索し、それに応じて使い方のコンテキストを組み立てていく。それは素晴らしい発想だ。データを取得するのはさほど難しくないし(ブラウザでは、ネイティブアプリほどの情報収集はできないが)ますます進化するテクノロジーには驚きを隠せない。

しかし、データ分析によるコンテキストへのアプローチは危険だ。データが人の意志を表すとは限らない。私は映画を見るために映画館に座っているかもしれないし、健康診断を行なっているかもしれない。相関関係(「駅にいる人は時刻表を見たいと思うことが多い」)と因果関係(「ある人が駅にいる。彼は時刻表を見たいに違いない」)の混同は旧来の論理エラーであり、プロダクトに害を及ぼし得る。エラーが新たな仮定によって増幅し合うリスクと共に、真実への道は遠くなっていくのである。設定したそれらの仮定が90%正しいという確信があったとしても、石が5個並ぶ可能性はコイン投げと大して変わらない。

その不正確な特性だけでなく、データ分析によるアプローチには他にもリスクがある。収集するデータが透明性に欠けるプロダクトは、プライバシーを侵害し、ユーザーを怖がらせたり、怒らせたりしてしまう。

また、この方法はコンテキストを静的で、行動からは独立したものとして見ている。こうして、人々がテクノロジーと環境に適応し、影響を受けるにつれ、行動が時間と共に変わっていくことを無視してしまうのだ。

これらの懸念があっても、センサーデータが無駄だというわけではない。むしろその逆だ。センサーデータを唯一の洞察のソースとした結果、誤った仮定をしてしまうことにリスクが存在する。もし、これらの仮定とその影響力がわずかなら、センサーデータからコンテキストを仮定するのは比較的害が少ないかもしれない。しかしコンテキストの理解は、機械だけに任せるにはあまりに繊細で人間的なものだ。偉大なデザインは、デバイスやソフトウェアでなく、人によって作られる。したがって、データから学ぶだけでなく、ユーザーのコンテキストを直接リサーチすることに時間をかけよう。

コンテキストの理解: リサーチする

リサーチは仮説を知識に差し替え、決断の際の確信を強める。正しく行えば、チーム内の共感を高め、他では考えたこともないような方法に到達できることもある。

多くのリサーチメソッドが挙げられるが、正しい方法を選ぶための近道はない。

分析や調査といった定量的なツールから始めたくなるのは無理もない。どちらもたくさんの「量」が得られるが、コンテキストの大部分は「」である。詳細はつかみにくく、数字の間に埋もれてしまうこともよくある。量的なメソッドも悪くはないスタート地点ではあるが、質的なリサーチも伴えばベストだろう。

インタビュー

インタビューはユーザーの動機、優先順位、精神的モデルを理解するのに役立つ。主なコンテキストの疑問を網羅する方法を下記にまとめるが、興味深いことが起こったら、用意した質問は脇に置いておこう。面談形式のインタビューは被験者と信頼関係を築き、ボディランゲージからも学び取ることができるために理想的ではあるが、電話やインスタントメッセージ経由でも十分可能だ。

インタビューの最大の難関である自己申告性はコンテキストのリサーチにおいて増幅されてしまう。被験者は自身のコンテキストを正確に表現していないかもしれないし、関連のあるものを省くかもしれない。

これはエスノグラフィーによってより近い距離から観察すればよい。つまり、リサーチャーが中立的な観察者として、ユーザーの行動を尾行するのだ。時々、理解を明確にしたり詳細を思い出させたりするために、質問をする。もう少しライトな方法は、ただ公の場で一緒に時間を過ごすことであり、日常的に使われるプロダクトには理想的な方法である。スーパーマーケットで買い物客をスパイしよう。観光スポットに腰掛けて、旅行者が地図や通りの名前を探し回るのに注目しよう。人々が自分の周囲の世界を予期せぬ方法で操り、クリエイティブな方法で物事を成し遂げるのに気付くかもしれない。

(Photo by W.D. Vanlue.)
写真:W.D. VANLUE.

現実世界でのリサーチは人々が環境に合わせたクリエイティブな解決法を見ることができる唯一の方法だ。

デジタルフィールドワーク

デジタルフィールドワークにも似たような考え方を持ち込むことができる。人々がある行動に対して何を話し考えているかを知るべく、ソーシャルメディアで徹底的に検索し、特定のグループに参加してユーザーの環境と背景を理解するヒントとする。コミュニティ、対象ユーザーの言語、考え方にどっぷり浸かれば、必然的にコンテキストは伝わってくるだろう。

ダイアリースタディ

ダイアリースタディは、特定のプロダクト、活動、ブランドなどとユーザーとの長期的な関わりをリサーチするのに向いている。複雑で、持続性のある決断につながるコンテキストを理解しなければならない時、これは非常に有効だ。この名称は、参加者に日記帳を渡し、日々関連のある出来事を書いてもらうという実践方法から来ている。一語一句正確に書く必要はない。人がどのように車を選ぶのか知りたいなら、ユーザーに、目に入った車の広告を写真に撮ってコメントを付け、スクラップブックを作ってもらってはどうだろうか。毎日、最近考えたことについての短い質問に答えてもらうのもよい。

第2回: デバイスの多様化によって必要となる視点 へ続く