テクノロジーとは他者から見てほしい自分の姿である

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Apple Watchに見るファッションとテクノロジーの関係

Apple Watchが誰しもにとって必要なものとなり、一般的になってしまうのは時間の問題だ。

最新のテクノロジーだからという理由でそれを購入する人はいない。もちろん、Google のExplorerプログラムの招待を我先にと奪い合うアーリーアダプターもいるが、彼らは明らかに少数派である。人々は、自分をカッコよく見せてくれる機器を欲しがるもので、人気のあるテクノロジーはテクノロジーではなく、ファッションなのだ。

テクノロジーを使った製品がどれほど役に立つか、あるいは革新的かということは重要ではない。誰もそれを身に着けて街を歩きたいと思わなければ、アーリーアダプターしか使わないのだ。

Appleは、この点で特に長けていると言える。彼らがあるカテゴリーで最初に市場に出る製品を作ることは稀だが、ある機器の近付き難いバージョンを作り、世間一般が手に入れたいと思うようなものにすることができるのだ。テクノロジーだけでは魅力がなく、ファッションにする必要があることを理解している(Appleが、バーバリーの元CEOを上級副社長として雇ったことも、そのことを裏付ける証拠になる)。

200万人もの人が、プレオーダー開始日の午前0時にiPhoneを買う必要があるわけではない。古い携帯電話は、昨日まで何の問題もなかったのだ。しかし突然、時代遅れになってしまう。私たちとテクノロジーの関係は、イノベーションの価値とはほとんど関係がない。他の人から自分をどう認識してもらいたいかということが全てなのである。

Tech Hipster Fashion
私たちは消費者として、自分たちが世間にどのように認識されたいかということに基づいて選択をしている。身に着ける洋服から運転する車まで、全てが他人からどのように思われたいかを表しているのだ。デバイスに関しての選択も例外ではない。

アクセサリーとしてのテクノロジーに関する選択では、機能と同じくらいファッション性が重要だ。私たちが使っている携帯電話のブランドや、ケースのタイプ、(スターバックスか、あるいはチェーン店ではない)コーヒーショップでUgmonkのバッグから取り出すコンピュータの種類といった全ての選択が、世間からどう見られたいかを表現しているのだ。

正直に言うと、私がどこへ行くにもJawbone UPを着けている理由の1つは、ある特定のイメージを投影してくれるからである。私は特にテクノロジーあるいはデザイン志向の地域に住んでいるわけではない。そこでアクティビティトラッカーを着けていることで、人々に自分について何かを語っているのだ。これが私のスタイルをを反映し、会話の糸口になることも気に入っている。

サンフランシスコ・ベイエリアのような、もっとテクノロジーが浸透している地域では、目立つためにはもっと頑張らないといけないだろう。Googleグラスをかけてセグウェイに乗るといったような、「テクノロジーかぶれ」を目指せと言っているのではない。見た目は滑稽になるが、これもファッションの選択の1つだ。特に本人が思っているようなイメージを投影しているかどうかは疑問だが。

ひっきりなしに行われるアップグレードや、友人やメディアなど世間からのプレッシャー、そしてイノベーションは全てに勝るという考えが、新しいテクノロジーを異常なほど崇拝する文化を作り上げてきた。iPhone 4Sは3年前には流行の最先端だったが、今では流行遅れの年代物に見えてしまう。テクノロジーはもはや将来に対する投資ではなく、現在の自分のイメージに対する投資なのだ。もしもどこかで聞いたように思えるのなら、それはファッションの秩序が同じ特質を持っているからなのだ。


冒頭のApple Watchの画像の権利はAppleに属する。