グッドデザインは出しゃばらない

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デザインはニュートラルで控えめであるべきだ

役割を果たすための製品は、道具のようなもの。装飾的なオブジェでも美術品でもない。使う人の個性を発揮する余白を残すためにも、デザインはニュートラルで控えめであるべきだ。 — Dieter Rams氏「グッドデザインの10の原則」

デジタルプロダクトは、ラジオや時計とは違って、自己表現のためのツールだ。ユーザーにって自身の選択、性格、嗜好、アイデンティティーなどを注ぎ込む器になる。

ディーター・ラムス氏が約30年前にこの原則を書いたときは、これほどまでに自己表現のツールになるとは思っていなかっただろう。かつてのアナログ製品とは異なり、デジタルプロダクツは学習し、成長するようになった。

控えめなデジタルプロダクツを作ることと、構造化されていないデジタルプロダクツを作ることの間には、微妙な線引きがある。優れたデジタルプロダクツは、ユーザーにとって有意義な決断ができつつ、合理的な制約をつくりだす相互に作用するフレームワークも提供する。

MySpaceのように、構造が少なすぎると自由度が高すぎ、じゃまになってしまう。対照的なのがFacebookで、以前よりは明らかに構造化されてはいるが、使っているうちに背景として気にならなくなる共通言語をもっている。Facebookを使ってしばらくすると、コンテンツにだけ集中できるようになる。


個性を少なくすることで、ユーザーにより自由度を与えることができる

しかし、もちろん例外はあり、Facebookのデザインが出しゃばりになってしまうことがある。例えば、そのデザイン変更をしたとき、何千人ものユーザーはそれに慣れるまで「あの頃の機能が良かったのに!使いにくくなった!」と騒ぎたてる。同じように、その要素がうまく機能していないとき、その摩擦によってデザインが目立つようになる。

出しゃばりなデザインは優先順位の混乱によって生まれる。コンテンツ優先のwebサイトが操作を継続する前に強制的にモーダルウィンドウが現れるのは、ユーザーに対してEメール登録を強要するという、サイト側の優先順位を高くしすぎているのだ。アプリケーションが一般的な操作を今までと異なる方法で行わせるのは、開発を楽にするために、開発者側の優先順位を高くしすぎているのだ。

このようなルールに対しても、かならず例外はある。デジタルプロダクツによっては出しゃばるために作られ、例えばビデオゲームはユーザーの自己表現部分を少なくし、没入できる世界を作ろうとしている。(Minecraftは両方目指して作られている。)有害なタスクのためのソフトウェア開発はミスに対する防御壁として過剰な摩擦をもつように作られている。Webサイトのマーケティングでは、特に商品を売るよりも会社のプロモーションのために、ユーザーエクスペリエンスよりもブランドエクスペリエンスを重視することがある。

控えめなデザインを作ることの大部分は、新しい機能をつくることよりも、既存のバイアスや枠組みを可能な限り通り抜けることだ。例えば、通常全ての「削除」ボタンは赤色だからといって、紫色にする必要はない。赤い削除ボタンはそれほど注意を集めないが、紫色は不快なほど目立つ。

デジタルデザイナーとしての我々の偉大な特権は、ほぼ制限のないキャンバスに向かって仕事をするだけでなく、ユーザーに対しても同じ権利を与えられることだ。


この記事はシリーズ「グッドデザインの10の原則: デジタルプロダクトへの展開」(全10回)のPt.5です。
Pt.1, Pt.2, Pt.3, Pt.4, Pt.5, Pt.6, Pt.7, Pt.8, Pt.9

「グッドデザインの10の原則」はDieter Rams氏と長年の連携をもつVitsœのWebサイトで発表された。原則はクリエイティブコモンズラインセンスのもと、ここで見ることができる。