スタートアップと都市の付き合い方 — UberとLyftとAustinの規制

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スタートアップであれば、時に規制との闘いの主人公となる可能性がある。
アメリカでも有数のスタートアップ都市、Austinが採った行動の余波とは。

2016年5月、Austin市民はライドシェア(相乗り)の規制強化撤廃に関する住民投票を行った。この投票の行方によっては明らかに損害を被るであろうUberとLyftは、膨大な資金をこの闘いに注ぎ込み、有権者にYESを投じることの意味と、その重要性を訴え続けてきた。

このことが話題になったのはほぼAustin市内のみで、外から注目されることはあまりなかった。またそれはライドシェア業界、広く見てもシェアリングエコノミー業界に関する、内輪の話題だと思われていた。

そのどちらも、危険と言っていいほど近視眼的な見方ではないだろうか。

Austinでの規制の余波

Autsinの起業家と投資家は、都市開発における起業化支援のハブとして重要な役割を果たしてきた。Silicon Valleyほどではないが、実際に人々はベンチャーを立ち上げるためにAutsinに移っている。Dell、Facebook、Homeaway、そしてWhole Foodsといった企業が、大きな拠点や本社を市内に構えている。Capital Factoryのようなインキュベーター、アクセラレーターは驚異的な割合で、スタートアップを成功に導いている。

一方で、Austinは風変わりな都市だ。市内には今もヒッピーシーン、洒落たコーヒーショップ、フードトラックがあり、いくつもの音楽フェスが開かれている。テック業界のエリートたちが、こうしたAustinの文化や、魅力を根底から変えてしまうのではないかという危惧があったが、ほとんどは取り越し苦労であることも分かってきた。テクノロジーが常に変化するように、文化も変わっていく。それでもなお外からAustinを訪れた人は、Austinは風変わりだと主張するだろう。


風変わりな街、Austinを守ろう

このことは街づくりに一役買っている。人々は週末Texasの中心部ヘ足を運び、そのヒップなレストラン、コーヒーショップを堪能し、クールなIT企業のイベントに参加する。本来、風変わり、人工的といった特徴からは外れる各州都の中で、Austinは稀有な都市なのだ(ニューヨーク州のAlbany、ペンシルベニア州Lansing、ミシガン州Lansingなどに行けば、私の言っていることが分かってもらえるだろう)。

新しいものや異なるものも、オープンで寛容に受け入れるAustinの雰囲気が、起業家たちの新プロダクトの出発拠点として惹き付けている。

あなたが全く新しいサービスやベンチャー(例えば、知らない人の車に乗って移動するとか、知らない人の家に泊まるなど)を作ろうとしていて、かつそのサービスが人々に受け入れられるかどうか分からない時、新しいものや変わったものに対して開かれた都市、それとも新しいものを拒み退屈を自称する都市、どちらを拠点として選ぶだろうか。わざわざデトロイトで新サービスを立ち上げたいと思う人は少ないだろう。

自明ではないかもしれないが、Austinは起業家や起業家予備軍にとって何かを試す場所としては際立った存在である。スタートアップがいない様な、新しいものに消極的な文化の都市で実験するよりも、Austinでサービスを検証する方がハードルはかなり低い。

話は戻るがこの投票の行方は起業に関わる身としては問題として捉えたい。たとえAustinでのサービス展開を考えていなくとも、アメリカ有数の新しいもの好きの街のひとつが新しいエキサイティングなものに対して判断を下す時、それがより広い文化のトレンドに対してどのような意味を持つか注視しなければならない。起業家にとってAustinでプロダクトが受け入れられると分かるのは朗報であるのと同様、Austinのようなオープンな街が規制の方向へ進むなら、今度は他方の取り巻きが力づけられることになる。

わざわざリスクを取りに行く必要はない

あなたが立ち上げるのが「Uberの◯◯版」の様なものであればこの心配はないはずだ。問題なのは、全く新しいプロダクトを立ち上げたり、それに関わる時である。

ベンチャーにはリスクはつきものである。Instagramの#entrepreneurshipハッシュタグがなんと言おうと、良い起業家はリスク回避的である。ベンチャーを立ち上げたら、そのベンチャーのマイナス面を何としてでも減らそうとするはずだ。そして可能な限り変数をコントロールできるようにするだろう。既にリスクのあるゲームの最中なのだから、リスクのある変数の数をさらに増やす必要は全くない。

これは起業家がデラウェア州でC-corpとして法人化するよう助言される理由でもある。投資家もリスク回避的で、デラウェア州の法制には他州よりも定評があり、予測がしやすいことを知っているのである。

現体制に挑戦するベンチャーが起業する地として、新しい風を面倒扱いする都市を選ぶことはない。規制者に対し自ら「規制してくれ」と出頭しているようなものだ。

残念ながら、Austinの既得権益者側がベンチャーに反対の姿勢を示したのはこれが初めてではない。2012年、街はHeyrideを迎え入れた。まさにAustin市内で創業したもう1つのライドサービスである。ところがHeyrideは、貴重な時間とリソースを費やして現体制派と争った挙げ句、Sidecarに吸収されることとなった。

このゲームは永遠に繰り返されるものかもしれない。何か新しく特異なものが人々の行動を変えようとするたびに、規制者は口を出してくるだろう。Austinは風変わりなままでいられるかもしれない(本当にそうであってほしい)、しかし市の審議会がこれらの争いを取り上げるたび(たいていは利益団体の指示)、国じゅうに向けて「Austinは閉店しました」とのサインを大々的に掲げるリスクを冒していると言える。

最後に前向きに。より良い未来を夢みて、その構築を試みた全ての人にとって、この一連の闘いが指し示すものは無視できない。Austinでの政治権力からの気がかりな動きはあるにせよ、ベンチャーと野心的なリスクテイカーが押し寄せていることに比べれば、これらの傾向は実際のところ非常に小さい。クリエイティブな問題解決者と彼らが作り出すスタートアップが進むスピードは驚異的で、活気のない既得権益者側と政治組織のスピードとは比べるまでもない。たとえ今回の争いに負けたとしても、最終的にはこの闘いは、クリエイターたちのものになるだろう。

ムリだ、ダメだが口癖の反対派の人たちにはこの言葉を送ろう。

君たちは地獄にでも行けばいい。私はテキサスに行く。 — Davy Crockett


その後のAustinでの動きはこちらの記事を参考にされたい

住民の足を提供するUberとLyftが撤退した後、街にはどんな変化が訪れたのか?
http://gigazine.net/news/20160614-town-uber-lyft-left/