名作のリデザイン — シェイクスピア表紙リニューアルの舞台裏

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愛されているものをリデザインするのは難しい。敬愛されているものならなおさらだ。

決定的なビジュアルアイデンティティーなどほとんど存在しない。

Instagramがロゴをリニューアルしたり、Spotifyがロゴの緑色を変えたり、Facebookがしょっちゅうレイアウトを変えたり。

長きにわたって使われるデザインなんてほんの僅かだ。しかしデザインを変える際、既存のユーザーから嫌われないようにするというのは至難の技だ。

では400年も愛されてきたものをリデザインするとしたら、どうなるだろうか?

インディアナポリスに拠点を置くデザイナー兼イラストレーターのManuja Waldiaの置かれた状況はまさにそれだった。彼女はミルウォーキー芸術学校を卒業したばかりで、Penguin Publishingという出版社のアートディレクターPaul Buckleyに前触れもなくメールを送ったところ、なんとシェイクスピア古典戯曲集の新版全40巻の表紙の契約に成功してしまったのだ。

シェイクスピアのリブランディングなど、たやすい仕事ではない。

かつて出版社は、シェイクスピアの肖像画やルネサンス期の絵画を無造作に表紙にし、それで十分だとしていた。著名なグラフィックデザイナーであるMilton Glaserの表紙は強い線とポップで濃い色使いが作りかけのタトゥーのようで、芸術的には未完成だった。イギリスのアーティストDavid Gentlemanの表紙で彼は木版を作るのに10年近く費やした。しかしここ数十年は出版社自身そうした決まり切った伝統に抵抗している。イタリアのアーティストのRiccardo Vecchioはよりダイナミックでフラットな色使いを90年代後半に取り入れていた。

しかしシェイクスピアの生誕400年にあたり、Buckleyは何か異なるものを望んだ。大胆で、力強くて、過去に縛られないものだ。求めたのは、未来のあるべき姿であり、私たちの社会におけるシェイクスピアとは何かを表すものだ。

文化的秩序のリデザイン、アートとデザインのバランス、さらに創作中のスランプからの回避など、数々の挑戦についてManuja氏に話を聞いた。


—— シェイクスピアの表紙をやることになった経緯を教えてください

卒業後、何人かのアートディレクターに自分のポートフォリオのURLをメールで送ったんです。フィードバックを依頼したのですが、Penguin社のアートディレクターPaul Buckley氏は私に連絡をくれた1人でした。

電話をくれた彼が言うには、ポートフォリオにあったDaily Iconというプロジェクトが気に入っているということでした。

それはミルウォーキー芸術学校にいた頃のある夏に行ったプロジェクトで、そこでは一筆書きのアイコンを毎日描くというのを2、3か月続けていました。最終的にミニマルなアイコンや小さなイラストの膨大なコレクションになりました。

それでPaulはそのスタイルに大いに興味を抱いたらしく、シェイクスピアの作品の1つ『マクベス』について同じスタイルで描けるかと聞かれました。

—— 最初の指示はどんなものでした?

アートディレクターは本を作る時にデザイナーやイラストレーターを出版社に売り込まなければなりません。それで彼は私に『マクベス』を依頼したのですが、その時の要件は1つだけで、それはが私のイラストスタイルが、アプリアイコンのように非常に”iOS的”で、彼は本当にそれが好きだということだけでした。

彼が私に要求したのはミニマルであることと、ベクトル的で幾何学的であることだけで、それ以外では、好きなだけ色や方向性を検討させてくれました。優れたアートディレクターはアーティストが望む方向性をいくらでも探らせてくれる。それがPaulの素晴らしいところです。

—— 今回のプロジェクトにはどのように進めましたか?

まずは作品を読むことから始めました。

シェイクスピアは非常に難解で長編になることもありますが、私は1度読んでから違う形でも情報を得るのが好きです。例えば同じストーリーを題材に作られた映画だったり、ハイドパークでシェイクスピアの上演があれば観に行きます。

こうした異なるアプローチから情報を調べることで、物語に潜んでいる感情みたいなものを抽出し、デザインへのアプローチへと繋げていきます。

調査のフェイズが終わったら、キーワードをリスト化します。それはまさに頭の中身を事細かに書き出す作業で、自分がスケッチしたいと思えるアイディアを全部書き出します。

キーワードが書き出せたら、そこから8~10個ぐらい選んでサムネイルを描きます。ラフでとても小さなスケッチの事で、すぐに描き上げます。それから6~7個に絞って鉛筆でちゃんとスケッチを起こし、さらにそこから3枚を選んでベクター化します。

—— デザインをする際にスピードは重要ですか? イラストをたくさん素早く描くのと、1つのアイディアに熱心に取り組むのとではどちらが好きですか?

このプロジェクトを始めた当初、作業のほとんどはデジタルで行っていて、鉛筆でスケッチすることはほとんどありませんでした。しかし、それが仕事で手戻りを発生させていると気付いたのです。

今は大体20個ぐらい最初にサムネイルを描き、スケッチを6~8枚鉛筆で描いた後、Penguinのアートチームが2個を選び(1つは表紙用、もう1つは裏面用)、私はその2個に対してのみデジタル化しています。

こうすることで解決すべきデザインの課題が少なくて済むので、より多くの時間とエネルギーをデジタル上で作品を磨きあげることに集中して注ぐことができます。

—— シェイクスピアのように文化的意味合いを持つものの”リブランディング”にはどの様な課題がありますか?

シェイクスピアの作品を知っていてもいなくても、人間であれば誰しもがシェイクスピアのファンである気がします。多くの映画が何らかの形でシェイクスピアからインスピレーションを得て作られているように、思っている以上に広範にわたって影響を与えています。ファンにならずにはいられないのです。私はこれまではシェイクスピアに抱いている感情を分析することはありませんでしたが、私たちはみな生活する上で何かしら彼から影響を受けていると思います。

それゆえ、そのような広範にわたるファンにとって魅力的なデザインを作ることが課題でした。シェイクスピアの劇の認知度は人それぞれなので、シェイクスピアを知らない人、あまり知らない人にも惹きつけられるデザインを作ったり、熱心なファンや学者も喜ぶ隠れたメッセージを入れたりすることで、象徴的な表紙が作れました。

—— 『リア王』の表紙では、具体的に何をしましたか?

新しいファンのためにメインテーマを引き出そうと試みました。一方で、長年のファンのためにいくつか隠れたメッセージも入れています。


Photo by George Baier IV

例えば『リア王』の場合、隠しメッセージとは王冠にある3つの宝石です。これは3人の王女の象徴で、具体的にはハート形の宝石は王の娘であるコーディリアを表しています。

—— あなたのミニマルで大胆なデザインスタイルが、本をよりモダンで美的なものにすると確信していましたか?

それがまさにPaulの最初の凄いところで、彼は最初に私に声をかけてくれたんです。今出版されている既存の表紙の大半は水彩画やペン画で、見た目は非常にアナログです。それらと比べると私のミニマルなスタイルはとても新鮮なものになると彼は分かっていました。

なので私のイラストスタイルがとても新鮮に見えるのは、単純にモダンで現代的だからという理由だと思います。

—— 作品集を見ると、必ずしもこれがあなたのスタイルというわけでは無いようですね

私は多重人格者のように仕事をするのですが、最近はそうしたイラストレーターは珍しいかもしれないですね。イラストレーターはみな自分の1つのスタイルを極めて有名になりたがります。しかしその方が良い点もあって、人々から見たらスキルセットが分かり易いし、クライアントからしても同様だと思います。

しかし私の場合、1つのスタイルで長期間続けると、燃え尽きてしまいがちなんです。なので表現手法や使うフォーマットを常に切り替える必要があって、これは私のやり方の一部になっています。数か月間、1つのスタイルに夢中になっていたとしたら、丁度切り替え時ですね。

—— 切り替えるという発想、いいですね

グラフィックデザイン以外の分野を見てヒントを得ました。多くの陶芸家や他の芸術家を参考にしています。他の人々のやる事に注目し続けることで、新鮮な作品を作ることができます。

同業者の行いに捉われることなく、自らの世界以外に目を向けています。

—— 典型的な1日を教えてください

インタラクティブ・インテリジェンスという素晴しい会社で、ビジュアル・UIデザイナーとして働いています。会社ではアプリケーションのUI周りの作業に取り組み、会社の仕事が終わってからイラストの仕事をしています。

—— イラストはサイドプロジェクトとしてやっているのですか?

いえ、サイドプロジェクトだとは思っていません。ただ2つの仕事をやっているという感覚ですね。

—— デジタルとアナログの2つの”仕事”あるいは分野を持っているからバランスがとれ、うまく続けられるのでしょうか?

昼間はpixelをいじるデジタルな作業ではあるのですが、私の仕事はよりアナログ的になってきていると感じます。確かに潜在意識の上では双方の仕事に影響を与えているようですね。あなたの言う通り、2つの仕事をしていることでそれぞれうまく釣り合いがとれているのだと思います。

それに本業があると、家賃や請求書の支払いを心配しなくていいので、特に新卒の若者にとっては負担がかなり軽減されますね。お金とかいろんな大人の事情を気にする必要なく、クリエイティブのエネルギーを発揮することだけに集中できます。

—— あなたが学んだ最大の教訓は何ですか?

2つありました。

  1. デジタルの作品であったとしても、鉛筆などでスケッチすることは非常に重要だということ。時間と労力が節約でき、より良い結果を生むことに繋がる。
  2. 伝統ある名著に対し、ありふれた表現を避け、野心的なデザインをするのは非常に注意が必要なので、多角的な調査方法(ポッドキャストやライブパフォーマンスなど)を用いると新鮮な視点でアートにアプローチするのに大いに役立つ。

最後に、ニューデリーからミルウォーキーへ移住するのは地理的だけでなく文化的にも非常に大きな変化だったと思います。地域性はあなたの作品に影響やひらめきを与えることはありますか?

このプロジェクトについては、内容によってモチーフが決まるのであまり関係無いですね。ただ美的観点から言うと、大きな意味ではインド神話と伝統芸術(ラージプート族、パハーリー族、ムガール人あたり)から影響を受けています。テーマとしては全世界のテーマとも言える女性間の友情だったり女性らしさを意識しています。

次は何をしますか?

まだシェイクスピアの40巻あるうち10巻しか終わっていないので、まだ30巻分残っています。このプロジェクトが終わる頃には、私はシェイクスピアの学者になっているかもしれませんね(笑)。


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All photos by Jordan Whitt(クレジット表記以外)。彼の素晴らしい作品をもっと見るにはこちら