モバイルファーストはUXではない

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UXデザインファーム Forty の創業者。Croud Favoriteではチーフクリエイティブオフィサーを務める。

モバイルファーストデザインは簡潔で分かりやすく、理論的に思える。しかし、UXデザインは決してそれほど単純ではなく、本当の問題が解決されたことにはならない。「正しい」モバイルファーストデザインとは?(前編)

モバイルファーストデザインは、その真の実態を理解して初めて最も力を発揮する。

「モバイルファースト」でアプローチするデザインの原理の根底には、確かに一定のロジックがある。しかし、ベテランデザイナーをもユーザーエクスペリエンスの重大な誤りに陥れかねない隠れた問題があることもまた事実だ。

使い方を間違うと、そこに横たわる問題を逆行させ、モバイルエクスペリエンスにおける苦痛を取り除く代わりに、デスクトップエクスペリエンスにおける苦痛を生み出す。問題を解決しているのではなく、こねくり回しているだけだ。

トラブルの始まり

モバイルファーストデザインの落とし穴について考え始めたのは、Apple社によるiWork office suiteの2013年のデザインリニューアルが大いに批判された時だ。私を含め多くのアクティブユーザーが、それまで頻繁に使っていた機能の削除や埋没にいら立っていた。

当時デザイン業界では、モバイル、タブレット、デスクトップの各エクスペリエンスの統合は不可避かつ素晴らしいことであり、それこそが将来の方向性であると一般に言われていた。iWorkをモバイル端末で使えるようになることで、デスクトップ上の使い勝手が悪くなるのはなぜなのか、私には全く理解できなかったが、特に声を上げることなく、「間違っているのは自分なのだ」と考えていた。

同じ頃、MailChimp(こちらも頻繁に使っているツール)も、似たようなデザインリニューアルを進めていたことに気づいた。これまで、使用しているソフトウェアのデザインのリニューアルに数え切れないほど遭遇してきて、それに対して特に騒ぎ立てたことはないのだが、MailChimpの変更にはiWorkの新デザインと同じようにうんざりさせられた。それがモバイルファーストデザインなのは分かる。タブレット等では使いやすくなっているのだろう。しかし、かつては目につきやすく導線も分かりやすかったものが、今ではどこか見えない場所にしまい込まれているのには、今なお不満を感じている。

しかしそれでも、自分の不満はあくまでこの光り輝くモバイルファーストの未来における小さないら立ちに過ぎないと考えていた。何より、ここで挙げたのは、最も愛されているデザインフレンドリー企業、AppleとMailChimpだ。どちらのツールのデザインも全体的にはよく練られており、使い方も分かりやすい。自分の小さないら立ちごときをぶつけるのはどうなのか? 変化には痛みがつきものだろう?

しかし、その2つだけでは終わらなかったのである。みるみるうちに、あからさまに「モバイルファースト」なサイトは増えていき、さえないデスクトップエクスペリエンスを提供するようになった。まるで、それまでモバイルユーザーのニーズが軽んじられていた分、次はデスクトップユーザーが償いの苦行に励む番だ、とでも言わんばかりだった。

無欠のデザインが良いデザインだ、とはき違え、ある企業を触れるべきでない別格として扱うのはたやすいことだ。しかし、どれほど良くデザインされたソフトウェアにもまだ議論の余地はある。そして、その他の優れたインターフェースのフローを分析することで、より進んだユーザーエクスペリエンスについて多くを学ぶことができるのだ。

Adobe Acrobatの例

先日、PDFファイルのページを編集しようとAdobe Acrobatを起動したところ、真新しいインターフェースに変わっていることに気づいた。

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しばらくの間、あちこち見て回ってみたが、以前は比較的シンプルだった作業の手順が分からなかった。そして、「ああ、またもや愚かしいモバイルファーストデザインが…」と思った自分に驚いた。

待てよ、何だって?

そのような考えは持つべきではないのだ。モバイルファーストデザインは良いことじゃないか。誇り高いUXデザイナーが、間違った考えを頭に浮かべてはいけないだろう。

しかし、興味があって調べてみたところ、デザインリニューアルを告げる感動的なビデオを見つけた。

「マルチデバイス」、「クラウド接続エコシステム」等々。彼らの言葉は全く正しい。きっと驚異的なユーザーエクスペリエンスが得られるのだろう。疑問の余地はない。

それならなぜ私はここで再びいら立っているのか。その原因はモバイルファーストデザインにあると考えているのか。おかしいではないか?

気を確かにするため、Twitterをのぞき、このように考えるのは自分だけなのかを探った。

なるほど、私だけではないようだ。

本能的にモバイルファーストデザインに懸念を抱き始めた(1ユーザーとして)という事実に加え、いら立ったユーザーたちがこれらのインターフェースに文句を言うのを目にすることが増えてきたのも重なり、皆がモバイルファーストデザインというアプローチをそれまで純粋に公正な答えだと考えていたが、実はそうではないのかもしれない、と思い始めた。

「優美な退化」vs「進歩的な強化」

スクリーンサイズの変化は常にユーザーエクスペリエンスデザイナーを悩ませてきたが、2007年にiPhoneが登場してモバイルのWeb利用率がグンと上昇したとき、その問題は暴発した。かつては無視していたが、今は考慮に入れるべき要件になった。

これは元々「優美な退化(graceful degradation)」という概念として提唱されていた。基本的には、最大または最強のデバイスのためにデザインし、より小さく弱いデバイスの制限を基準に機能やコンテンツを徐々に削除していくという意味だ。

このアプローチはモバイルのWeb利用が飛躍する以前はよく知られていた。デザイナーと開発者たちが、デザイン技術に対するサポートがまちまちな各ブラウザにおいてCSSに何ができるかを説明する際に、この原則を利用していたからである。「優美な退化」的なアプローチの場合、まず美しいデスクトップサイトをデザインし、それを叩き切ったり、押しつぶしたり、取り外したり、その他何でもやって、モバイルデバイス向けとして妥協できるバージョンを作る、ということになる。

競合する考え方は「進歩的な強化(progressive enhancement)」だ。Steven Champeon氏とNick Finck氏が、2003年のSXSWで「進歩的な強化による包括的Webデザインの未来」をプレゼンテーションしてから、人気を集めたフレーズである。このプレゼンテーションにおいて、彼らは冒頭に次のような話をした。

妥協は可能だし、魅惑的だ。しかしそのような妥協のツケをユーザーに払わせてはいけない。それよりも、ユーザーが選んだデバイスの持つ性能の観点において行うべきである。
強力でグラフィカルなモダンデスクトップブラウザにより、多くのブラウザで、進歩的で、徐々に強化されていくエクスペリエンスを提供できるようになった。それも、1つのマークアップドキュメントと多種のスタイルシートを用いて、ブラウザを通して選択的にユーザーに届けるのではなく、クライアントそのものからのリクエストによって届けるのだ。1人も置き去りにしてはいけない。

「進歩的な強化」の基本的な戦略は、「一般的な母集団のうち最低の環境のためにデザインし、デバイス性能に応じて追加機能を足していくやり方だ。

「モバイルファースト」とは何か?

モバイル利用者が劇的に増えるにつれ、優勢だったデザイン原則が「優美な退化」から「進歩的な強化」に移行し始めた。

2009年、Luke Wroblewski氏が「モバイル・ファースト」と題する記事を書き、「進歩的な強化」方式の考え方を支援しただけでなく、印象的な名称を与えた。

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記事タイトルへの関心度

Wroblewski氏は、モバイルのためにデザインする場合、最も重要な機能と優先順位に注力するようになる、その姿勢が結局は、デスクトップソフトウェアにおいても、よりすっきりしたエクスペリエンスを実現させる、と説明した。

その頃からモバイルファーストデザインのアイデアが広がり始め、以来、勢いを増し続けて現在に至る。

モバイルファーストの罠

デザイナーとして、私たちは信じたい。手に負えない問題もいずれは解決されるのであり、永久に格闘し続けなくてもよいのだ、と。誰かに答えを教えてほしい。いつも考え続ける代わりに納得ができるように。

モバイルファーストデザインというものは、「真理」らしい特徴を全て持っていた。簡潔で分かりやすく、理論的に聞こえる。

しかし、ユーザーエクスペリエンスデザインは決してそれほど単純ではない。実際、大きなデザインの問題点がついに解決されたように感じたとしても、おそらく同時に不安でもあるだろう。なぜなら人は、問題を解決済みにしたいがゆえに、無意識に解決法の効果を誇張しがちだからだ。

このよく見かける図は、「優美な退化」(または「デスクトップファースト」) vs「進歩的な強化」(「モバイルファースト」)のコンセプトをよく表している。

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上のイメージを見れば「優美な退化」は、慢心に基づく、モバイルではうまく機能しないソリューションにつながり、誤答だというのは明白に思える。

とはいえ、まだ断言ができないのは、「進歩的な強化」のデスクトップソリューションにも問題があるためだ。デスクトップ表示は開発が中途半端で、コンテキストに合わないように見える。

これがモバイルファーストデザインの罠だ。最も制約の厳しいソリューションから始めると、怠けてしまい、より強健なコンテキストに育てる気持ちを失いがちなのだ。

最終的な成果物は、ユーザーのデバイス性能やコンテキストの利点をフルに活かすことなく、最悪の場合、過度に単純な、子どもっぽいデザインになってしまう。


後編 → 「シンプル」が正しいデザインではない