いい人材とは自分を型にはめない人

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いい仕事に就くのに大卒であることは必要ない。本当に求められているのは、自ら進んで人と違うことを行い、一生懸命働き、自分を型にはめない人材である。


履歴書の送付先から明らかに学位を要求されたのなら
そこは考えている以上に「Office Space」な環境である可能性が高い

今、非常に多くの若者たちが、教室にいることが義務だと信じそこで無為に時間を過ごしているということに驚きを感じる。高学歴であることと将来成功することに直接的な相関関係があると刷り込まれているのだ。このような(間違った)筋書きを描いた映画やポップカルチャーの影響で、みんなが取る学位を取らなければ仕事に就けない、と若者は考えているのだ。

パロディ映画であるMike Myers氏の「オースティン・パワーズ」の中で、ドクター・イーブルや周りの大人たちは、生涯賃金の話で「1億円!」という言葉を繰り返すのだが、そこには大学を卒業すれば、という話がついてくる。まるで古い体質の大企業が「求めている」退屈な4年間を終えれば、それだけでお金が舞い込むかのようだ。


イーブルは天才なのか、学生の採用担当なのか?

しかし本当は、そんなことはまったくない。いい仕事に就くのに学位は必要ないのだ。さらに、募集要項で学位が求められている場合であっても、実際は大学を卒業していなくてもその仕事に就けることは多い。

学位というのは単に、人事部が候補者に持っていてほしいと考えている付加価値としてのフィルターなのだ。人事担当者たちは、埋めようとしているポジションに対して理想的な候補者をイメージし、きっとその人は学位を持っているだろうと思い込んでいるのだ(彼らもほぼ確実に、学歴のない人は麻薬をやっているだの、負け犬だの、意欲がないだのという描き方をしたポップカルチャーの影響を受けている。繰り返すが、それらの多くは正しい描写ではない)。

ここに真実を述べよう。高校生や大学生が12年~16年もの間、経営者や起業家と接することがないがために知ることができない真実を。

何ができるか、何を実現できるのかということの方が、大卒という肩書きよりもよっぽど重要だ。

学位について再考した結果、この考え方にシフトしてきている。これが、会社で元も古い考え方をする人事部門にまで下りてきたのだ。伝統的に古い体質の企業と思われてきた大手会計事務所のEarnst and Youngでさえも、この真実に気づき、大卒という要件を外したのだ。

大卒という要件をつければ自動的に優れた候補者を引き寄せられるという考え方はバカバカしいものだ。

会社の経営者はそれを分かっている。応募資格に学位を求めていた企業の多くが、精度の高い採用を行うには職務経験の方が重要だということに気づき、要件を変更するようになってきた。

最近の大卒者はそれを分かっている。素晴らしい仕事に就くためには学校に行かなければならないという考えに騙されているのではと感じている最近の大卒者に私はたくさん会った。

この事実を学び、それを最大限に自分の人生に生かせる人は、何百万円(もしくは何千万円)というお金と、4年間という(もしくはさらに長い)期間を無駄にしないで済む。それに自分の就いた仕事に意味がないと嘆くようなことも避けられるのだ。

私は幸運にも、人を採用している起業家や経営者たちと日常的に交流を持つことができるのだが、彼らは口をそろえて同じことを言う。

いい人材を見つけるのは非常に難しいことだ。自ら進んで人と違うことをする人、一生懸命働く人、自分を型にはめない人を採用したい。

最近の大卒の人々の中でこういった人材を見つけるのはかなり難しい(不可能ではないが、大卒者たちはお金をかけてもらったという重圧を背負っているし、学校に行くことでいい仕事に就けてより必要とされる人材になれると長年教え込まれているのだ)。

これはごく最近の話であり、間違いなく、実際に人材を必要としている実在のポジションの話だ。これらの企業は、あなたが学位を持っていようがいまいが気にしない。彼らが知りたいのは、あなたが実際に行動で示せるかどうかと、仕事をきちんと継続できるかどうかだ。

以下は私が頼まれた求人案件だ。

あなたがもし働き者の熱意ある若者で、大学の教室で時間を無駄にし、実益にならないことを学び遠回りするためにお金をかけていると感じているなら、人に授業に出なければだめだと言わせないことだ。出なくてもいいのだ。

もう一方の道は簡単ではない。仕事をし、生涯に渡り自己学習をしていくという道だ。しかしこれが本当の選択肢なのだ。私を含め多くの人にとって、進むべき価値のある道だ。