市場環境から考えるデザイナーの価値

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株式会社グッドパッチ 取締役
HCD-net 認定人間中心設計専門家

本記事は2016年3月2日に行われた「Service Design Night Vol.1」での、株式会社グッドパッチ 取締役 村越悟氏のKeynoteを記事化したものです。

本記事に書かれている内容は、もともと「ビジネスの成長におけるデザイナーの役割とは」というテーマで講演をしてほしい、という主催者からのオファーを受けて考えたものでした。

まず、テーマ設定をもらったときに考えたことがあります。

一つ目は、「ビジネスの成長におけるデザイナーの役割とは」というテーマ設定には暗黙のうちに「ビジネスの成長にはデザイナーの存在が必要不可欠である」と仮説づけられていると感じたこと、二つ目は、その仮説が正であろうとなかろうと、そもそもデザインというものを一つの産業として捉えたとき、そのマーケットの構造とデザインに従事する人のマーケットポジションをどう考えればいいのか、という点です。

一つ目に対しては、そもそも企業にとってデザインとは必要なものなのか?であれば、なぜ企業はデザインの力を必要とするのだろうか?という問いにつながり、二つ目に対しては、企業がデザインを必要とする場合、マーケットをどう理解し、どうポジショニング戦略を取るべきなのか、いま筆者が事業責任者をしているグッドパッチの受託事業の事業戦略に当てはめて考えてみよう、という講演の骨子につながりました。

企業にはデザインの力が必要だ」という文脈はここ数年、ところどころで見かけるようになってきましたが、「なぜ」そういう流れにつながり、これからどうなっていくのか、についてここでいったん整理して考えてみよう、という筆者なりの思考整理を講演の内容とする形をとりました。

1. 企業はなぜデザインを必要とするのか

経営はデザインを中心に据えて行われるべきだ。 – 田子學『デザインマネジメント

これまで、実際のビジネス環境で「デザイン」に対する言及と「ビジネス」に対する言及が共存することは少なかったと記憶していますが、ここ数年でだいぶ様相が変わってきたと感じています。例えば、UI Crunch Under25というイベントに登壇されたDeNAの南場さんが基調講演の中で、「UX driven:ユーザー体験(UX)に合わせてビジネス戦略を考える」ということを強調して話しておられたことは非常に印象的でした。DeNAほどの規模の大きな会社のファウンダーの方がデザインについて深く言及するようになってきたことで、デザインに対する課題意識がデザイナーだけに閉じたものではなく、広く社会的な課題に浸透してきたという感覚を持ちました。

また、アメリカのベンチャーキャピタルであるKPCB(Kleiner Perkins Caufield & Byers)のデザインパートナーであるジョン・前田氏が毎年発表している「Design in Tech Report 2015」の中のデザインエジェンシーの「M&A Activity」のセクションでは、アメリカの金融会社のCapital OneがAdaptive Pathを買収するなど、ここ2~3年で多くのデザイン会社が事業会社、ないしはコンサルティングファームに買収される動きが大きくなってきていることが示されています。

このような動きから、「デザイン/クリエイティブの領域」と「コンサルティングの領域」の垣根が曖昧になってきていることが分かります。


KPCB 「Design In Tech Report 2015」

一方、アメリカのコングロマリット(複合)企業であるGE(ゼネラル・エレクトリック)の例では、風力発電やガスタービン、ジェットエンジンなどの重機とIoTを絡めた「インダストリアルインターネット(産業とインターネットの融合)」を提唱しており、インダストリアルインターネットの実現に必要なことは、旧来の仕事の進め方を変えていくこととしています。GEでは、「多様なステークホルダーを集め、そこにデザイナーも関わらせること」とし、デザイナーとステークホルダーが協調して事業を進めるという組織構造へと変革を計っています。

また、IBMは1億ドル以上を投じて世界10カ所にIBM Interactive Experience Labという大きなデザインファームを開設し、1,000人のデザイナーを投入しており、もはや世界最大のデザインファームとも言える規模での投資を行っています。

なぜ今、企業はデザインエージェンシーを買収し、デザインの力を取り込もうとするのか?

デザインをとりまくビジネス環境の変化について見てきましたが、次に生活者のマインドの変化について考えてみたいと思います。

ここで日本を例にすると、博報堂生活総研の生活気分調査では、2016年を表現する漢字として「」が最も多く選ばれ、楽しい暮らしと世の中を生活者が望んでいるというリサーチ結果が出ています。また、電通総研の消費マインド調査では、旅行やレジャーなど「消えモノ」の消費に重点が移動しているという結果も出ています。

生活者は、「モノ」の所有による物質的な豊かさよりも、体験などを通じた「情緒的な消費」に価値を感じるようにマインドがシフトしてきていることがわかります。

Daniel Pink氏も書籍『ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』の中で、産業革命以降の生活者の主軸は「創造と共感による『コンセプト」の時代」であると定義付けているように、より感覚的で情緒的なものからの価値享受が物質的なそれに勝る時代になっていると言えます。これからの時代、そのようなマインドを持つ彼ら(生活者)とどう対峙していくべきかというのが、これからの事業環境を考える前提となってきているのです。


Daniel Pink『ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』より

また、Daniel Pink氏が挙げる「ハイコンセプトの時代に重要なSix Sence」を見ていくと、「共感」「物語」「全体との調和」など、物質的な所有よりもより「体験」を重要視する人々が増えていく、と読み取れます。このことからも、生活者が物質的な価値から情緒的価値にシフトしていくのは時代の流れから必然と考えられるのです。

このような状況に加え、社会の状況で言うと数年ごとにテクノロジーのトレンドが変わり、新たなサービスや製品が生まれていくような非常に「予測可能性が低く、変動制が高い」状況があります。

こうした社会の動きと生活者の動きの2点を総合したときに、予測できる価値よりもさらにジャンプした価値を生活者に届けようというのがビジネス的な課題設定になり、結果として企業はデザインの力を必要とするのではないか、という仮説が成り立ちました。

ここで大切なのは、価値を提供する「ビジネス」と、価値を享受する「ユーザ」の間にあるスイートスポットをいかに見つけるかということで、このスイートスポットの部分に立ち、ビジネスとユーザを橋渡しするのがこれからのデザイナーに求められる役割になってくるのではないでしょうか。

デザイナーの役割を考えるときに、企業(経営者)側とデザイナーのそれぞれの立ち位置を整理したいと思います。

企業(経営者)が「企業の価値が未来にわたって持続するビジョン」を描く存在だとすると、デザイナーはビジョンや経営上の課題を聞き、市場その他の情報を理解し、企業のビジョンをユーザと共有できる形に翻訳し、言語化する存在と言えます。

前述のとおり、企業やサービスと情緒的価値を持ってつながることを求めるユーザに対しては、事業やビジネスをユーザの文脈で整理し、提供するためのサービスデザインの視点が必要となります。

そこで、事業やサービスのビジョンを描く企業(経営)側とデザイナーはタッグを組み、「ビジョンを具現化してアウトプットする」ことに向き合うために、企業はデザインの力、デザイナーの力を必要とするようにシフトしている現状があります。

デザイナーが持つべき重要な視点「観見二眼」

では、デザイナーが持つべき視点というのはどのようなものなのか、「そもそもデザインとは何か」、ということを考えていたときにNosignerの太刀川英輔さんの「「観」の目で関係性をリ・デザインする」という記事の中で宮本武蔵の五輪書、そして「観見二眼」という言葉に出会いました。

眼の付け様は、大きに広く付るなり。観見の2つあり、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見ること、兵法の専なり。 — 宮本武蔵『五輪書』

ここでは、「みる」ことは「観察 = 対象の本質の全体を観るまなざし」と「見る = 対象の現象の部分を見るまなざし」という2つの視点で語られています。

つまり、「本質と全体」、「現象と部分」という俯瞰とミクロという2つの視点を持つことで、正しい問いにたどり着くのではないかとされており、これはデザイナーをやっていく上でも、ビジネス/事業を理解するうえでも重要になってくる視点です。

グッドパッチのステークホルダー/ユーザ理解への取り組み

ここで話をグッドパッチの実際のデザインのスタンスに移します。

グッドパッチは「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」というデザイン哲学を持っています。クライアントと向き合い、対象となる事業、サービスと向き合い、ユーザと向き合う。そのコミットメントを最大化したときにプロダクト品質が最大化される、という考え方です。

そこで重要になってくるのは、ステークホルーダーとの対話の中でマクロな視点で事業の全体像と概況、目指す姿を深く理解することと、ユーザを深く、詳細に理解するというミクロな視点です。グッドパッチでは、全社で共通のデザインプロセスを策定し、全プロジェクトでこのプロセスを実施しています。

中でも特徴的な3つの取り組みを紹介します。

1: チームビルディングと場のファシリテーション
おもにキックオフやプロジェクトの初期に、まとまって対話をする時間を設け、事業やサービスに対する想い、目指すビジョン、理想を実現するためのハードルになっている課題などを共有し、チーム全員の認識とゴールイメージを共通化させるワークを行います。このことにより、プロジェクトの初期段階でプロジェクトメンバー全員のプロダクトに対する想いを最大化することができ、良い状態でプロジェクトのスタートを切ることができるようになります。

2: 対話と観察を通じてビジネスとユーザを理解する
グッドパッチでほぼすべてのプロジェクトで、ユーザインタビューを実施しています。場合によってはエスノグラフィなどの観察調査を行うこともあります。ステークホルダーやユーザーにデプスインタビューや観察調査をきちんと行い、ユーザとの対話を通じて、デザインする対象を理解し、その中から本質的な問いを立て、そこから課題解決の道筋を検討します。このプロセスはプロジェクト初期でも実施し、プロトタイプがある程度できた段階でも行います。また、グッドパッチでは事業会社向けにデザインやデザインプロセスを正しく理解をしていただくためのワークショップを行っていますが、以前と比較してもニーズが高まっていることも事実です。

3: デザインプロセスの組織へのインストールと浸透の支援
グッドパッチのミッションでもある「デザインの力を証明する」。これを実現するためには、デザインに対する正しい課題認識と必要性を多くの人と共有する必要があります。そこで、企業向けに実際にプロトタイプを作って、アイデアを形にするまでをデザインプロセスになぞらえて体験してもらえるようなプログラムも展開しています。

デザインは単に作る技術ではない。耳を澄まし、目を凝らして、生活の中から新しい問いを発見していく営みがデザインである。 ― 原研哉

デザインにとって重要なことは、形に落とす前の「課題設定」をいかに適切に行うか、でありグッドパッチのデザインプロセスでもデザインする対象に対する「問いの立て方」にプロジェクトの比重を大きく割きます。正しい問いを立てられなければ、正しいアウトプットは生み出せないのです。

原研哉氏が述べているように、近年のデザイン業界の動きは、ビジネス/生活者の環境が変わっていく中で、デザインとビジネス両方の視点からの「洞察力」と「課題設定力」がデザイナーに求められていると感じます。

2. デザインエージェンシーのマーケットポジション

複数のステークホルダーを編成する「オーケストレーター」としてのデザインエージェンシー

2016年前半の最も大きなニュースの一つとして、広告代理店の博報堂が博報堂DYグループの戦略事業組織「Kyu」を通じて、IDEOに出資を行うことを発表しましたが、これを受けてIDEOのTim Brown氏は自身のMediumの記事の中で以下のように述べています。

今のデザインに関する問題として、1つの要求事項に対して、幅広いコラボレーターと役割を共有して仕事に向かっていくことができていない。
That’s a design problem — one that requires new rules of engagement with a broad set of collaborators. — Tim Brown 「The Next Big Things in Design」

このような動きをマーケットの視点から客観的に捉えて、デジタルエージェンシーのマーケットポジションを把握したうえで、事業戦略を考えたい、と思っていたときにBoston Consulting Groupが発表している「5 Approach to Strategy(戦略パレット)」という、「戦略を立案するための戦略フレームワーク」に出会いました。

これは縦軸に市場の予測可能性、横軸に市場の改変可能性、奥の軸に事業環境の過酷さ、という3軸をとり、自身の事業の置かれている環境下で取りうる事業アプローチをシンプルに可視化する、というフレームワークです。

グッドパッチが属しているマーケットが「インターネット・サービス(ひろくデザインも含む)」と捉えると、この領域は予測可能性が極めて低くて(先の予測がしづらい)、かつ環境への影響力が大きく(あるスタートアップの存在により、マーケットの様相が変わりやすい)、1回ヒットすれば大きな影響を及ぼせるということが分かります。

そういった環境下においては、1社で孤軍奮闘する、というアプローチよりもアライアンスやパートナーシップを通じて、協働できる仲間を増やしていくことが重要と考えています。これが、象限の右上「シェーピング(共創)」というアプローチです。

デザインに対する課題意識をさらに広く社会に浸透させ、課題解決へのベクトルを社会のレベルと合わせていくには、共感のための雰囲気作りが必要です。そこで、現在のグッドパッチでは「デザインの力を証明する」というミッションに対して、共感できる存在、あるいは共感してもらえる賛同者を増やしていくことも大切な事業アプローチと捉えて活動しています。

組織も人もT型からH型へ

グッドパッチはいままで、スマートフォンのネイティブアプリケーションのUIを中心としたサービスデザインをメインで手がけてきましたが、これからのデザイン環境はIoTなどの動きに見られるように、どんどん拡張していて、デザイもはや「UIデザイン = 画面の中のインタフェースのデザイン」だけではなくなってきています。そうした領域拡張の時代においては、前提として1人(1社)で全ての専門性を保有することに無理が生じていることを踏まえた上で、良きコラボレーターと出会う力と協働できる行動力が求められてくると考えています。

これまでは、よく「T型(特定の分野を究め、その深い専門知識と経験・スキルの蓄積を自らの軸に据えつつ、さらにそれ以外の多様なジャンルについても幅広い知見を併せ持っている)」が重要と言われてきましたが、これからは「H型(強い専門性が1つあり、他の人の専門性と繋ぐ横棒を持ち、“人と繋がりやすい”状態)」が組織も個人も重要になってきます。

解決すべき課題の質も多様、かつ複雑化していくであろうデザイン環境の中で、解くべき課題に応じてその時々で最適なチームを組んで、解決に当たれる組織と個人がこれからの時代には必要不可欠になってくると思います。

グッドパッチが進めるデザインのエコシステムへの取り組み

グッドパッチにおいても、拡張していくデザイン領域に合わせて自らを柔軟に変化させていくために良きコラボレーターとの協働を通じたデザインのエコシステム作りへの取り組みを進めています。

以下の2つのプロジェクトをご紹介します。

SPARK
広告代理店の「TBWA/HAKUHODO」のアクセラレータプログラム「TBWA/HAKUHODO/QUANTUM」とグッドパッチが協働し、主にIoTセクターに特化した、事業創出支援/プロダクト開発支援を企業向けに行うプログラム。いままで、ハードウェア開発やそのための事業支援に特化してきたTBWA/HAKUHODO/QUANTUMと、スマートフォンのネイティブアプリケーション開発を通じたサービスデザインに強みを持つグッドパッチが組むことにより、IoT時代に適応した統合したサービス体験のデザインを実現することを目的としたパートナーシップです。

FiNC社との資本業務提携
グッドパッチはモバイルヘルスケアのテクノロジーベンチャーであるFiNCと資本業務提携を結び、継続的にサービス成長をサポートしています。サービスデザインはある程度長期的な視点からのサポートも必要不可欠となります。そこで、「デザインパートナー」という立ち位置をとることである程度長期的にFiNCをデザイン面でサポートしていく取り組みを始めています。

デザインの成功如何はデザインするプロセス如何による。デザインは一人でするものではない。三人寄れば文殊の智恵というが、優秀な協力者であれば、何人いてもよい。二人寄っても数倍の名案が出る物なのだ。 ― 柳宗理

柳氏の言葉のように、集団の力、場の力は、一つのプロジェクトに関わらず、いろんな会社が混ざり合うことによって起こると考えています。グッドパッチでは「偉大なプロダクトは偉大なチームから生まれる」というデザイン哲学のもと、チームのプロダクトにかける熱量が最大化されれば、おのずと良いものができて、それが市場に対してインパクトを与えるのではないか、と考え、そのためのアプローチを試行錯誤しながら始めているところです。