アイディアを盗用されたと感じたら

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心理学とテクノロジー、経営学を中心に執筆、教授活動を行っているコンサルタント。
Hooked: ハマるしかけ』著者。

アイディアを盗用されたとしら、あなたならどんな行動を取るだろうか?

「これ見て!」という件名のメールが送られてきた。送信者は編集者のJenだ。本文には「Nir、この記事を見た?あなたが書いた記事だと思ったんだけど違ったの」と書いてあり「何かが変なの」と続いていた。私はその場で彼女が送ってきたリンクをクリックした。

すると不可解な事実が展開していた。Christopher Meleによって書かれたNew York Timesの記事は、まだ公開していない私の投稿に驚くほど似ていたのだ。

最初は、私が間違えて「下書き」へのリンクをツイートしてしまったか、投稿を公開してしまったのだろうと思った。そうでなければコンピュータがハッキングされたか、私の心を読まれたかと思うような内容だったのだ。Mele氏の記事は私の投稿と同じ例を用い、同じ研究について言及し、同じソースへのリンクを掲載していた。私は本当に驚いたので初対面であるMele氏に「どうやって私の下書きを読んだのか?」と直接メールで尋ねた。

一方でまだ公開していなかった私の記事を急いで投稿した。Mele氏の記事の発表より前から、私がきちんと書いていた、ということを証明したかったのだ。そのすぐ後に届いたMele氏からの返信には、私の下書きなど全く知らないと綴られていた。

当然、彼は知る由がなかったのだ。よく考えるにつれて、とても恥ずかしくなってきた。私は誰に対して証明したかったのだろう? 誰がそんなこと真剣に気にするというのだ? 私のアイディアを誰かが盗用・模倣するのではないかと恐れ、神経質になっていたせいで、被害妄想に陥っていた。私は認知のトラップにはまっていたのだ。

それこそ新参者の証

人はアイディアを貴重なものだと考えがちだ。大切に取っておく宝石のように感じるのだ。しかし実際には、企業のイノベーション、学術的な研究、芸術的な試みなどを見ると、そうではないことが分かる。もし役に立つ考えが頭に浮かんだなら、ほとんどの場合、他の人も同じアイディアを思いついている。

私が住むシリコンバレーでは、新しい人がコミュニティーに入ってきたら、すぐ分かる。彼らは自分のアイディアを秘密にしてほしいと頼んでくるのだ。秘密保持契約(NDA)への署名を求めてくる起業家がいたら、その起業家はこの地に来て間も無い証拠だ。(稀な例外として、業界での経験豊かな幾らかのベテランが秘密保持契約を求めることもある。)

これは「発明の英雄理論 (heroic theory of invention)」とは対照的に「多重発見理論 (multiple discovery theory)」と呼ばれる。発見は1人の”天才”ではなく、複数の人々によってなされると仮定する考え方だ。歴史的にも微積分の公式、ビタミンAの発見、電話の発明、電球、飛行機のエンジン、原子爆弾など、数多くの例を挙げることができる。

ある物事について機が熟すと、それは春先のスミレのように、様々な場所に咲き始める。 — Farkas Bolyai, 数学者

多くの場合、発見は必然的だ。なぜならイノベーションとは、考えた末のひらめきだけでなく、環境の結果としても生み出されるからだ。

技術的な進歩は世界中で見られるが、おおよその過程は、どれも非常によく似ている。石の薄片は火を起こす道具として使われ、その後、ナイフや投げる武器として使われるようになった。この流れは、ずっと変わらない。ナイフの発明は常に火より後に、人間の墓はナイフより後に、溶接はアーチの後に生まれた。 — Kevin Kelly 「What Technology Wants(テクノロジーが欲するもの)

つまり前世代の人々が、私たちの発見につながるような見識を発掘し、次の発見のための基礎を作ってくれているのだ。

同時期の発見が避けられない世界では、ほとんどの場合アイディアを秘密にしても意味がない。実際、自分だけの秘密にしようとすると予期せぬ負担がかかってしまう。例えば事あるごとに広く考えを共有しなければ、フィードバックの機会を失うことになる。私が知っている限り、悪いスタートアップが悪い考え方をしてしまう原因は、アイディアを盗まれる脅威にさらされていることではなく、創業者が自分の無知を知らないことにある。

アイディアを共有すれば、盲点を第三者に指摘してもらうことができる。さらに過大評価されているアイディアほど手元に置き続けてしまいがちだが、そうすると次なる新しいアイディアを受け入れにくくなる。方向性を変えるべき十分な理由があったとしても、正しい決断をできない可能性がある。最終的に、アイディアを崇める行為とは、アイディアを有益なことに使うという本来の重要な目的を見失わせてしまうのだ。

凡俗法則

イギリス人作家C. Northcote Parkinsonは、パーキンソンの法則で有名だが「凡俗法則」という主張でも有名だ。これは、1957年に発表した風刺記事で、彼が初めて使った言葉だ。Parkinson氏は、原子力発電所の建設計画を承認するために集められた委員が、審議の時間のほとんどを自転車置き場の屋根に費やす様子を叙述している。この架空の委員会は、自転車置き場の屋根の議論に多くの無駄な時間を使う。なぜなら、人は自分が理解できることに対しては意見を持ちやすいからだ。原子力発電所については、自分に発言する十分な知識がないと思う人がほとんどなのに、自転車置き場の屋根については、みんなが自分の意見を主張しようとする。

些細なことは別の局面でも力を発揮する。私たちはみな、何かを奪われ、不当だと感じたことが何かしらかあるはずだ。そんな時、私たちはクレヨンを奪われた子供のように、反射的に反応する。時には、些細なことだと気づく前に、強い感情を出してしまうこともあるのだ。

こういったタチの悪い子供じみた反応は、思想リーダーから発せられる事が多い。ビジネスの結果は金額で評価できるが、アイディアの著作権や特許権を定量化するのは難しい。この著作権を巡る争いは、人の汚い部分を引き出す。学界や業界の仲間がハッカー、ペテン師、アイディア泥棒、パクリだと罵られるのを数えきれないほど聞いてきた。政治学者Wallace Sayreは「いかなる議論においても、感情の激しさは、問題となっている事柄の価値と反比例する」と言ったとされている。つまり、私たちはどうでもいい事について、最も議論しているのだ。


私の投稿に話を戻すと、私は怒りの矛先に何もないことに気がついた。Mele氏(New York Timesの執筆者)と私は、2人とも自分の意見を主張するために他の人のアイディアを引用している。それを考えると、私の反応は更にバカらしく思えてくる。

むしろNew York Timesも取り上げるような意義深いテーマを私も執筆していたのだと喜ぶべきだったのだ。記事を公開した後にTwitterを確認すると「@nireyal とてもクールな記事がアップされたね。”先を越して”しまって申し訳なかったけど、 君が発信した情報の価値は損なわれていないよ」と、Mele氏から親切なツイートがあることに気がついた。

人生を彩るクレヨンは大量にある。賢い子供は、そこからオリジナリティある物を上手に作り出すものだ。