UXとはUIである — リレーションシップをデザインせよ!

Source
UX is UI (2015-05-14)

UXとUIは違う。これは事実だ。しかしUXとUIが個々に実現する事象を丁寧に紐解けば、予期しなかった視点が見つかることだろう。
誰もが一度は考えた事がある、UXとUIの違いを元に、それぞれの本質に迫る。

ニュアンスが靴を履き終わる頃には、ミームは地球の半周を移動していることでしょう。

モバイルファースト、モバイルサイトからレスポンシブへの移行、ワイヤーフレームによるプロトタイピングなど、Twitter上では飛び交うように議論が交わされている。それらは驚きや恐れ、あるいはUXへの盲目的な傾倒によって全面的に支持されている。それらTweetは、140文字という制限に省約された、複雑でハイコンテキストであるにも関わらず、まるで自明の理であるかのように信じられているのだ。


“Design vs User Experience” (Vinnie Quinn) via shittyuiuxanalogies.tumblr.com

同様のことが、UXについて説明しようとする画像についても起こった。デザインとUXのたどる道を示す『Design vs User Experience』という画像が話題になり、コンテキストやコメントだけに限らず、誰の著作物かということさえも無視され、大量にリツイート・拡散された。この画像は一見よくできた例えに見えるかもしれないが、正確性には乏しいものだ。

皆よかれと思ってやっているということは分かっている。しかしミームがLinkedInで2人の紹介者を経由し、最高の笑顔を見せるLinkedInマーケティングマネージャーとつながるまでの間に、我々は極端な単純化および歪曲された意見を広めることに手を貸すだけだ。我々は時として、まったく身のためにならないことをしてしまう。

以下は、近年ますます目にするようになった「UXはUIではない」という哀悼の意を表す興味深い例だ。


「UX ≠ UI」というUXの風潮

UX UI
ユーザーテスト 出力デバイス
データ分析 アクションボタン
サイトマッピング ユーザーコントロール
ユーザーの満足度 ツール
スケッチング 入力デバイス
プロトタイピング コンテンツ
コラボレーション ビジュアルデザイン

これは何を示唆するのか?
なぜ今、この様な表を作らなければならないのか?

そもそもUI/UXとは?

「UX」とは何を意味するのか? 模範的な回答をするなら「製品やサービスを通じて我々が促進させたい、ユーザーのモチベーション、行動、満足度」や、「ユーザーに提供したい”体験”」といったところか。

さらに「UXをデザインする」と言うときは、ユーザー中心設計手法を採用するというプロセスを意味するだろう。UXをプロセスそのものとして定義しようとしている。つまりUXとは、人間観察によって情報を収集し、ユーザビリティ調査によって実証されるプロセスの成果物だ。

我々がデザインしているものとは何なのか?

UIという言葉はいったい何を意味しているのか? インダストリアルデザインの世界では、古くから人間とコンピュータが”対話”するための手段であるとし、広く認識されてきた。そのような研究分野全体を「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション」と言う。


フィッシャープライス社のアクティビティ・センター

60年代のコンピュータで使われていたパンチカードから、70年代のコマンドライン、80年代のGUI、今日のモバイルデバイスやウェアラブルデバイスでのジェスチャーまで、入力、選択、クリック、ドラッグ、タップ、スワイプ、手を振る、指を回転させる、叫ぶといった動作。それらは我々が機械に対して、合意や嬉しさ、時には怒りを表現する”言葉”のようなものだ。

  • それらはUIデザインだったのだろうか?
  • UIデザインとは、ユーザーをゴールへ導く為に、フィッシャープライス社のアクティビティ・センターのデジタル版のようなものをデザインすることなのか?
  • さらに言うならば、デザインプロセスに人間中心設計を当て込めようとすれば、それがUXデザインなのか?
  • 「UXはUIではない」と主張する際、単にプロセスとその成果物を区別すればよいのか?

UI/UXデザイナー問題

最近、求人広告で「UI/UXデザイナー」という職種をよく見る。「仕事が早く、改善を短期間で回し、ブラウザ上でデザインが可能な方」。募集要項から察するに、次のようなことを言っているのだろう。

「そうなんです、良い感じのUIを作ってくれる人が欲しいんです! できればUX的な事もできたらいいなぁ。ユーザー調査?もちろんやってますよ。ただし、開発者の手を煩わせない範囲でね。でも社内のそれっぽい人に触ってもらえば十分でしょ? おっと、そんな予算はないんだった。」

当然予想されることだが、求人元はUXデザインとUIデザインの違いをまったく理解していない。我々はその違いについて、まだ十分に説明できていないのだ。

「UXとUIは違うんです!」。Axure、Framer、HTML、CSSのスキルを向上させる度に、繰り返し言い続けている。そしてさらにカスタマージャーニーマップ、IA、さらにはアラートの文言とそのトーンさえも設計することがある。しかし多くの場合、それらは結局UIをデザインする際の指標にしかならない。

そこが問題なのだ。UXとは本当にUIではないのだから。しかし上記のようなデザインプロセスに限定されるような職場環境、あるいは自らそれに限定するようであれば、我々はUXをUIの為の指標としてしか活用できないだろう。

UXとは共感だったり楽しい体験の事ではない

UXのための万能なデザインパターンというものは存在しない。顧客にどのようなことを頼まれようと「蒸し料理に対する最高のレシピ」がないのと同様、「UXに対する最高のレシピ」はない。

木を切り倒すのに6時間与えられるなら、私は最初の4時間を斧を研ぐことに費やしたい。 ― Abraham Lincoln

UXとは、調査・理解・検討から得られるものだ。問題を解決するためにいろんな事を片っ端から試す前に「解決すべき問題を正確に把握すること」が重要だ。

UXのもう1つの定義はプロセスではなく成果物に関するもので「世界をほんの少し良くするための何かを作る」ということだ。我々が行動や感じ方、利便性、理想形のためにデザインを行っていることを再認識させてくれるだろう。

「誇りに思えるようなこと、今日は何ができましたか?」

答えはそこにある。我々は基幹ソフトウェアを作っているのではない。我々がデザインしているインタラクションとは、コンピュータと人間との対話ではないのだ。

UIは、明示的または暗黙的に、顧客ビジネスとのインターフェースとなる。よって、UXデザインとはUIデザインなのだ。我々は顧客とビジネスを繋ぐことを可能にするすべての手段を構築しているのだ。つまり

我々はリレーションシップエンジニアなのだ

先のことは、ちょっとした手法の積み重ねで実現する。【フォーム】これを用意する事はおそらく顧客がビジネスに対して意見を言える最も確実な手法だ。【コンテンツの優先順位付け】分類する軸によって、伝えたい方向性、あるいは重要と考えていることを表現できる。【あえて行う制限】これは特に注意深く、慎重に課す必要がある。Twitterでは140字の文字制限、Instagramではコンピュータからのアップロードの制限、どちらもリレーションシップのエンジニアリングの例だ。

ブランドとは、自身を象徴する概念であり、自身の行動によって現実のものになる。 ― Wally Olins

それらは根幹となるブランドプロポジションからデザインされる。特にアプリのスタートアップ企業にとってプロダクトとその顧客とのリレーションシップとは、ほぼブランドが体現したものそのものになるはずだ。

本当に有効なUX、意義のあるUXをデザインするには、自身の主張をデザインしなければならない。UXデザイナーは、そのようなことを得意としている。問題解決に盲目的に取り掛かる前に、適切な問題を見つけ出すようなプロセスを踏む必要があるのだ。

問題を解決する

Michal Bohanes氏によるこのブログ記事は私のお気に入りだ。同氏は、食材を即日配達するデリバリーサービス会社であるDinnrの創立者だったが、同社はもう存在していない。ブログ記事では、同社における多数の問題点が記述されているが、Bohanes氏は次のように述べている。

これは、私が決して忘れることのできない最高の教訓となるでしょう。そして、Dinnrの失敗を理解する上での決定的な鍵は、私たちが誰の問題も解決しなかったということです。 ― Michal Bohanes

Bohanes氏はUXコンサルタントを経営陣に迎えるべきだった。問題を見つけ、仮説を検証し、物事を良い方向に導くのではなく、「適切な良い物を作る」といったことを繰り返すべきだった。

さもなければ、ただ最高に綺麗ではあるが、何の問題も解決しないUXをデザインするというミスを冒してしまう。間違った計画を時間をかけ完璧に遂行するということになりかねないのだ。

クソ不味いガム問題

坊主、覚えときな。クソ不味いガム(ゴム味)を売るのが仕事なら、どんなにUXデザインが素晴らしくても意味ないぞ。

興味深いことに、逆もまた真なりであるようだ。私がBBCで働いていた時、BBCの動画サイトにおけるUIの改善を目にした。その多くはかなり突飛な改善で、かつ極めてお粗末なものだった。しかしあるデザインの方向性には一貫性があり、現在でも通用するものだった。
それは、いつでもホームページからドラマ『イーストエンダーズ』の最新エピソードにアクセス可能にする、というもので、それが実現されている限り細かなUIに関しては、さほど重要ではなかったのだ。

価値は苦痛よりも大きくなければならない。 — Scott Jenson

Jenson氏の言葉はこのことを端的に表している。苦痛よりも見返りが依然として大きい限り、我々は驚くほどの苦痛に耐えることができる。AmazonのPCサイトはデザインで賞を獲得したことはないが、ありがたいことに、ほしいと思った物は何でも翌日には手にすることができる。それも相応の価格でだ。
UXに話を戻すと、価値は苦痛よりも大きいものでなければならない。そして価値が意味するのは正真正銘のメリットであり、単なる素敵なUXではない。

にもかかわらず、UX/UIデザイナーという奇妙な職種が存在する。
「UIを1つ作ってくれませんか。できればフラットデザインか、マテリアルデザイン。あるいは何でもいいので今週のVOGUEに載ってる物を!」「アジャイルチームで、プロダクトマネージャーの元、働いてください」

より意義のあるUXを創造すべきである

かつてまだニューメディアというものがまだ新しく、Webにframeのページや「Under Construction(工事中)」というアニメGIFがはびこっていた頃、フロントエンドデザインやバックエンドコーディングをしない人たちは、プロデューサーと呼ばれ、マネージャー業務、IA、クライアント担当などを担い、神経をすり減らしていた。配属されるすべての場所で職務内容が異なるなど、今日におけるプロダクトマネージャーとよく似ていた。

プロダクトマネージャーはリーン思考の台頭と共に広がり、アジャイルチームもプロダクトビジョンを正しい道へ進める要として、臨機応変な軌道修正を実現している。彼らはプロダクトの理想形を常に意識しながら、全体像を把握している。

しかしちょっと待ってほしい。先ほどUXデザイナーは解決すべき適切な問題を見つけ出す能力に長けていると述べたが、プロダクトビジョンは、我々の専門分野では無いはずだ。

ここ数年、UXデザイナーが企業の理解を得ようと必死だったのと時を同じくして、プロダクトマネージャーはリーンスタートアップ教の浸透とともに地位を獲得した。両者は根幹では果たすべき役割は共に「物事を最適化するのではなく、課題に対し適切なものを見極め作ること」であるのに対し、組織ではそのUXリードとプロダクトマネージャーが同時に存在する。そしてその競合する指導者同士が最適な連携方法を探っているという奇妙な状況を作り出しているのだ。


「プロダクトマネージャーの役割」(Martin Erikssonの手描き図)

これが、プロジェクトマネージャーが置かれている立場だ。

この図から分かるように、UXはテクノロジーやビジネスと重なる部分も持ち合わせてはいるが、個別の分野として存在していることが厄介なのだ。意義のあるUXの創造とは、すべてのチームの目標となるべきものであり、単なる設計思想の側面にとどまるべきではない。

プロダクトマネージャーとUXリードに区別は無いと最近は思う。プロダクトマネージャーは、よりP/M Fit、データサイエンス、競合分析、損失分析、ビジネス要件の管理といった側面を強め、UXはどちらかというとより品質面で語られ、ユーザー調査によってプロトタイプを検証し、ユーザーに行動を促す事だけをゴールとせず、ユーザーの満足度についても考えると捉えられるようになった。しかし結局それらはすべて、サービスデザインにおいては、1つの連続するプロセスに過ぎないのではないか?

以前一緒に仕事をしたプロダクトマネージャーは「私が”何をするか”を決めるから、あなたは”どのように実現するか”を考えて。」という考えの持ち主だった。私はそのやり方には全く賛同できなかった。”どのように実現するか”は効果的なデザインを試行錯誤するという意味では興味深いテーマではあるが、”何をするか”ということを決めることこそ、最も重要な事案だからだ。

価値を創造せよ!痛みを和らげるだけにとどまるな。

実は”何をするか”よりもさらに”なぜやるか”の方が重要課題であるが、その話題はSimon Sinekに任せることとしよう。

UXデザイナーを取り巻く課題

UX/UIデザイナーという発想は「フルスタックデザイナー」という若干寒気のする言葉とよく混同される。この「スタック」とはテクノロジーも含み、デザイナーがある種のフロントエンド開発も行うことを意味する。

それは大変なことだ。デザイナーはコーディングを書けた方がいいし、文体の作法や、記事の素材などについても精通する必要がある。そろそろあるべきUXのスタック(やるべき事・流れ)を見直す時期だろう。


“The Elements of User Experience” - Jesse James Garrett (2000年)

  • 表面 すべてをビジュアルにまとめる。完成したプロダクトの見た目。
  • 骨格 構造を具体化する。有用なコンポーネントを検討する。
  • 構造 スコープを形にする。コンテンツや機能をどう組み合わせ、動作させるか。
  • スコープ 戦略を要件へと落とし込む。どういった機能が必要か。
  • 戦略 ここが全てのもと。我々は何を得て、ユーザーは何を欲するか。

Garrett氏は自著の『The Elements of User Experience』の中で、戦略を起点とするシンプルなスタックを提唱している。戦略をすべての出発点とし、下流工程はすべて単なる見た目に過ぎないという考えだ。

今日のアジャイルに依存するチーム体制において、計画性のないUIや、見た目などの事をUXであるかのようにデザイン業務を強いられるケースは多いのではないか。その結果、デザイナーはプロジェクトの当初から参加することが大事だと「表面上」見せかける様になった。

おそらく、こうした流れがUX/UIデザイナーを生み出した理由だろう。しかし、UXはビジュアルよりも多くの価値があるし、企業により多くの価値をもたらすものだ。

UXデザイナーに求められる姿勢

給料は、対象の職種のビジネスにおける重要度を計るモノサシとなる。そしてUX関連の職種の給料は良い。しかしイギリスでは、職歴5年程度の、特にフリーランスの人がとある障害にぶつかっているようだ。

「どうしたらUXの価値を社内で広める事ができるでしょう?」よくイベントで聞かれる質問だ。

そうではなく、こう聞いてみてくれないか。「どうしたらUXを会社や事業にとって価値のあるものにすることができるでしょう?」 社内で話しをし、プロセスを見直し、必要とする価値を見出す事ができるかどうかは、あなた次第だ。まさに我々の役割は、人を惹き付け、人間中心に考え物事を動かすことだ。ただし自身のプロセスに没頭して空回りすることだけは避けてほしい。ペダルのこぎ方とギアの切り替え方を学んだら、後は行き先さえ間違えなければいい。

「デザインとは意思の表現である」とJared Spool氏は言う。UXは、表現というよりは意図・意義に関するものだ。

UXがワイヤーフレームやプロトタイプにとどまらないのは、会計事務が財務諸表にとどまらないのと同じだ。我々はビジネス改革コンサルタントであり、我々が本当に提供できるものは行動面での変化なのだ。

今こそ立ち上がるとき!

まるで銀河の衝突のように、万物は相互に影響し合っている。職種は分割され、再び組み合わせられる。UXはもはや、デザインツールの1つではなく、組織全体の共通の目標だ。

プロダクトマネージャーとUXデザイナーは、ブランド価値や企業理念を元とする戦略的な1つの職務へと統合されるだろう。また改善サイクルを重視することで、最適化への比重が多くなり、結果、真に最適な物を再確認することが軽視されるだろう。

我々は共に手を取り合い、協力する必要がある。互いに相手をより高みへと持ち上げるのだ。

強い思い込みとGoogle Analyticsがあれば答えが得られると考えているかもしれないプロダクトマネージャー諸君に言いたい。間違いを犯しても構わないのならそれでも良いだろう。それでもどうか、思い込みで決めたことを具現化するためだけにUXデザイナーを雇うことはやめていただきたい。

世界をより良くしたいのであれば、何を世に送り出すかを検討する段階で、戦略的な役割を果たすべきだ。どうしたらよいものになるかを考えるだけでは不十分だ。

価値を苦痛よりも大きいものとし、双方の利益のために顧客と企業をつなぐエクスペリエンスを構築してほしい。インターフェースとは、リレーションシップを構築する物だ。

リレーションシップをデザインせよ!

(この記事は、2015年5月14日にロンドンで開催されたSODA Socialミートアップで話した内容を基にしています)