Slackはどの様にユーザーを習慣化させたか? ― 10億ドル企業の心理学

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心理学とテクノロジー、経営学を中心に執筆、教授活動を行っているコンサルタント。
Hooked: ハマるしかけ』著者。

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Slackはよくある、単なる社内チャットツールではありません。「史上空前の速さで成長する業務ソフトウェア」と称され、「週間メッセージ件数が2,500万通を超える」「年間売上予測は6週毎に100万ドル増え続けている」とレポートされています。

投資家たちがお金の匂いを嗅ぎつけ、1億2,000万ドル投資するなど、今やSlackの評価額は10億1,200万ドルに達しています。

Slack社のビジネスアナリティクスリード Josh Pritchard氏曰く
「新規のセールスを加算する前の段階でも、当社のサブスクリプションの収益は、毎月8パーセント成長しています」「私の知る限り立ち上げ7カ月以内で、企業向けSaaSがこのような数字を達成したのは初めてでしょう」という状況のようです。

さらに驚くことに、Slackのリテンションは93パーセントという脅威の数値を示しています。

Slackはどのようにユーザを掴んだか?

一見しただけでは、Slackは他のチームコラボレーションツールと大差ありません。しかし「hooked」モデルをよく理解すると、Slack成功の裏に隠れるユーザ心理が見えてきます。

習慣とは、ほぼ無意識の状態で、行動を起こしてしまうという「衝動」のことです。いち早く習慣を形成するSlackの能力が、驚異的な顧客のロイヤリティと高いエンゲージメントの鍵なのかもしれません。

Slackは”hooked”と呼ばれる循環サイクルにユーザを導いています。hookedの4つのステップはトリガー(きっかけ)、アクション(行動)、リワード(報酬)、そしてインベストメント(投資)です。これら4つの連続したステップを通じて、hookedの新しい習慣が形成されるのです。

The Hook model: Trigger, Action, Variable Reward & Investment
「hooked」モデル

Slackの習慣

Slackチームは、まったく新しい習慣を作り出すよりも、既存の習慣を置き換える方がずっと簡単だということをよく理解しています。Slackはユーザの行動を劇的に変えようとはしません。その代わり、既存の行動をより簡単で効率のよいものにしています。

さらにSlackチームは、新しい習慣を形成するための重要な前提条件をも理解しています。重要な行動とは頻度が高い、ということです。Slack社によれば、平均的なSlackユーザーは1日あたり40通のメッセージを送りますが、習慣化したユーザはその2倍送るとのことです。

1. 行動を適切に促すSlackのトリガー

ユーザは様々な端末上で終日Slackを起動し、Push通知を受け取っては画面が開きます。Pritchard氏曰く「Slackを使うということは『今仕事中だから、話しかけてOK』と同僚に伝える手段の1つになっている」と語ります。

またSlackは外出中の使い勝手がとてもいいことに重点がおかれており、ユーザであるJames Gill氏は「個人的には、以前よりも携帯だけで用が足りるようになった」と言います。

Slackはユーザがアプリをチェックしやすいよう効果的なトリガーを用いていますが、そんなに大量に通知が来る様では、ユーザはうんざりしてしまわないでしょうか。”Be less busy”というスローガンを掲げるSlack社は、容赦なく襲いかかる新着の通知音を解決することができるのでしょうか。

ここで鍵になるのは、仕事を途中で阻害する要因をSlackが軽減してくれるということのようです。

チームでは仕事上、よく複数のツールが使われます。プロジェクト管理にはAsana、バージョン管理にGithub、そしてファイル共有にはDropboxなど。そして仕事中ずっと、これらのツールからの通知やリマインダがメールで届きます。

しかし、それら大量のメッセージや通知のメールは、時に大量の他のメールなどと混ざり、大変まぎらわしいものです。仕事でやりとりするメールの送受信量というのは非常に多く、まるで私たちはメールの洪水の中、泳いでいるようなものです。

Slackはこの嵐のような状況に対抗する防壁を提供してくれます。1日中メールの受信箱に関係のないメッセージがひっきりなしに届いて社員の気が散ってしまう様な状況を、集中型のハブを提供することにより、組織のコミュニケーション(仕事関連のツールから送られてくる情報も含む)を軽減さます。SlackユーザーのJamie Lawrence氏は「Slackは社内の通知で、受信箱は外部用です」と言います。

Slackは、不適切なトリガーによって重要なことへの集中が妨げられないよう、防壁として働いてくれるのです。

2. Slackのアクション

必要なトリガーだけに集中し、また多様な端末で扱いやすくすることにより、Slackはユーザが画面を開くという重要な行動をとる確率を高めます。

3. Slackのリワード

チームとしての一体感への欲求や、仕事関連の重要な情報を見逃したくないという不安感を、Slackはうまく活用します。多くのソーシャルメディアと同様、Slackもユーザーにリワードを提供します。「同僚から与えられる、ちょっとした良い情報」や「賞賛の声」などがそうですが、これらはユーザーの意図するタイミングで届くわけではありません。
これら断続性リワードは習慣化させるアプリや製品であればすべてにあてはまるものです。事実Pritchard氏はSlackという製品が前職を思い出させたようで「私のSlackでの時間は、まさに初期の頃のFacebookを思い起こさせる」と語っています。

4. Slackにおけるインベストメント

hookedでの最後のステップはインベストメントです。このステップでは、ユーザが製品に対して若干の労力を投資することで、さらに使い勝手を向上させたり、活用する可能性をさらに高めます。

Slackのインベストメントは複数あります:

  • 同僚を招待する
  • メッセージを送る(検索可能なアーカイブの一部になる)
  • 外部ツールと連携させる
  • そしてもちろん、サービスに対して料金を支払う

Slackはインベストメントの効力を理解しています。

実際ほとんどの企業向けツールでは、お試し期間中は機能制限されたものしか提供されませんが、Slackではほとんど制限がありません。

それはSlackを最大限使ってもらうことで、Slackを習慣化させる機会を増やしたいのです。Slackの無料版と有料版の違いは、検索できるメッセージの量と、接続できる外部ツールの数だけなのです。

有料版が必要だと企業が感じる頃には、すでに社員は”Hooked”されています。

習慣化させるタイプのアプリは、できる限りユーザが投資しやすいようにできています。例えば、従来型の無料ツールにとって、ユーザーに有料版を購入してもらうことはなかなか難しいものです。しかしSlackは、課金の抵抗感に打ち勝つ1つの方法を見つけたようです。Pritchard氏によれば「非アクティブなユーザに対しては料金を徴収しません。これにより課金プロセスによる抵抗感が劇的に減ったようです」とのことです。

課金のコンバージョン率はSlackでは30パーセントで、これは業務量ビジネスツールの中ではトップクラスです。

Slackは新規ユーザーから習慣化したユーザまでを、出来る限りスムーズかつスピーディーに移行させます。アプリをチェックするようトリガーをかけ、画面を適度に開く様アクションさせ、断続的に情報的リワードおよび社会的リワードを届け、同僚やコンテンツなどを蓄積してもらい、最終的には課金に至るインベストメントまで、ユーザに促すのです。

著者より:この記事はCiara Byrneと共同で書きました。CiaraはFast Company、Forbes、VentureBeatやThe New York Times Digitalなどに寄稿しているテクノロジ系ジャーナリストです。

写真提供:Zuerichs Strassen